ごくあく魔王 と あんさつメイド の た・て・な・お・し?

功野 涼し

プロローグ ~勇者に全てを奪われて~

1.元魔王と元部下

 破壊された壁に、天井のない建物。あちこちに積み上がる瓦礫の隙間からは煙が上がる。


 元は大きな建物であったであろうこと以外は、分からないほどに破壊された建物の中でも一際広い場所に動く影がある。


 影の主であるダボダボの服を着て、大きなマントを引きずる小さな少女は、自分の小さな手をぐー、ぱーと握ったり開いたりする。


 やがてキョロキョロと辺りを見回し金色の肩まで伸びた髪を揺らすと、地面に落ちている巨大な剣を発見して赤い瞳の目を大きく見開く。


「おおっ、良かったのじゃ。余の魔剣は無事だったのぉっ!! ぬおおっ! お、重いっ!?」


 背中に生えた小さな悪魔のような羽をパタパタさせ、先端がスペード状に尖った細い尻尾をギザギザにしながら少女は歯を食いしばって巨大な剣を持ち上げようとする。


 やがて諦めたのか、剣から手を離すと額の汗を拭う。


 そして大きなため息をついた瞬間、少女の頭がガクッと揺れ、そのままバランスを崩し前のめりになってしまう。


「あ、危なかったのじゃ。自分の角の重さでコケるところだったのじゃ」


 そこまで言って少女は頭の左右に生える羊のように巻いた立派な角を擦り、赤い瞳を揺らし目をにじませてしまう。


「うっ……な、なんで余はこんなことに……」


「負けたからじゃないでしょうか?」


 肩を落として涙する少女に向けられた、どこからともなく聞こえてきた声に少女は辺りを見回し声の主を探す。


 瓦礫の山に座る藍色のメイド服を着た女性は、黒い髪によく映えるホワイトブリムを風に揺らしながら少女を冷めた目で見つめる。


「お前は誰なのじゃ? ここにいるということは余の配下か?」


 少女の問いにメイドの女性は冷めた目を一層細くし、呆れた顔で少女を見る。


「魔王軍暗殺部隊所属、第三課潜入捜査班、特殊メイドチームのクミンです。まあ、頭に元が付きますけど」


 ため息混じりに名乗ったクミンの言葉の一部を、復唱する少女はやがて納得したのか手をポンと叩く。


「思い出したのじゃ。人間どもの城への潜入捜査にメイド使ったら良いんじゃないかと言われて承諾したのじゃ。確か……二年前じゃったかの」


 額を右手で押さえて、片目だけで見る中二病的ポーズで自慢気に少女は語る。


「思いつきで作られた部署に配属された身にもなってほしいものですね。二年の間に寄せ集めでチームを作らされ、とりあえず名前だけの立ち上げ。活動実績は半年にも満たなくてこっちも慣れてなくて、さらに人間の城の中でこき使われて忙しいのに、早く情報を集めろだの、やれ業績が上がってないなど突き上げられたまったもんじゃなかったんですけど」


「な、なんかごめんなさいなのじゃ」


 少女が謝るとクミンは呆れたようにため息をつく。


「たく、頑張って魔界カラミティ高等学校に入って勉強して、推薦でディザスター魔王城に就職できたと思ったら三年も経たないうちに潰れるなんて最悪……」


 一瞬クミンににらまれ肩を竦める少女は申し訳なさそうに、上目遣いで口を開く。


「あ、あの……鏡とか持ってないかの? 余の姿がどうなっておるのか確認したいんじゃが」


 瓦礫に座っていたクミンがため息をついて両膝を叩くと、勢いよく立ち上がり、ポケットから小さな折りたたみ式の手鏡を取り出す。

 そのまま少女のもとに歩いて行くと、手鏡を開き少女の姿を鏡に映す。


「な、なななななんと!? これはいったいどうしたことなのじゃ?」


 自分の顔をペタペタ触りながら慌てふためく少女は涙目でクミンを見る。


「小さくなっておるのはなんとなく分かっておったが、なんで余は女の子になっておる?」


 少女に尋ねられ「んなことうちが知るかよ」と呟くクミンだが、なにかを思い出したのか人差し指をクルクル回しながら答える。


「あぁ〜、そうそう。あれじゃないですかね。えーっと集団でいるオスの魚が別の強いオスに出会うとメスになるってヤツ。いわゆるメス落ちってヤツです」


「そっかー余は魚じゃったかー、そっかーそっかー……んなわけあるかい!」


 ノリツッコミをする少女を見て吹き出したクミンが、お腹を押さえて笑いを堪える。


「でも、勇者に負けて小さくなって女の子になったんですから。うちの推理もあながち間違いじゃないと思うんですけど」


「ぐぬぬぬ」


 唇を噛み悔しがる少女はもう一度、鏡に映る自分の姿に目をやる。


「なんで……あの筋骨隆々でめちゃくちゃ強かった余が、こんなにも貧弱な女の子になっておるのじゃ。剣も持てぬし、これから余はどうすればいいのじゃ」


 膝から崩れ落ち地面に手をつく少女は肩を震わせる。


 ポタポタと地面を濡らす涙を見たクミンは、苦虫を潰したような表情で少女を見ると苛立ちをあらわにし地面を蹴る。


「ああもう! あなたは仮にもここの魔王だったわけですよね。勇者に滅ぼされて魔王でなくなった今、ここで泣いててもどうしようもないでしょ。とりあえずここから出て、そこから考えてみるしかないと思うんですけど」


 苛立ちを見せるクミンに少女は顔を上げ、唇を震わせながら涙をポロポロとこぼす。


「ったく……本当にあなたは魔界でも名のある極悪と呼ばれた魔王、魔王オレガノなんですか? たまたまうちが近くにいて勇者一行にボコボコにされて、爆散したところを見てましたから、瓦礫から這い出てきたその姿を見ても信じはしますけど」


「なんと! 見ておったのなら助けてくれてもよかったじゃろうに。余がやられるのを黙って見てたなんて酷いのじゃ」


「化け物みたいに強い勇者一行の中に飛び込むわけないでしょ。この魔王城で一番強いとされる魔王が一方的にボコボコにされているのに、潜入捜査メインのうちになにが出来るって言うんですか」


 涙目で訴える少女、オレガノに対しクミンはキレ気味に反論する。


「うぅ……確かにそうなのじゃ。そもそもなんであやつらはあんなにも強いのじゃ……稀に凄く強い人間が生まれることがあるんじゃが、まさかパーティー全員がチート級に強いなんて卑怯なのじゃ」


 地団駄を踏むオレガノをクミンが冷めた目で見ると、ため息を一つつきオレガノに背を向けると歩き始める。


「ま、待つのじゃ! どこへ行くつもりじゃ」


「どこって、新しい就職先を探さないと行けないですし、とりあえずは実家に帰って落ち着いてから考えるつもりです」


「余を一人にしないでほしいのじゃ! ま、待ってっうぐっ!?」


 呼びかけを無視し立ち去るクミンを追いかけようとするが、自分の身長に合っていない服を踏んでコケてしまう。


「う、うぅ……なんでこんなことに」


 地面に顔を埋めたまま泣くオレガノは、クミンが出て行った、申し訳程度に壁に付いてある扉を見つめて涙をこぼす。

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