第11話 守られることは恥ずかしい事じゃない
二人の戦いは凛花の勝利で決着を迎えた。
序盤こそサラの速さに翻弄されて苦戦を強いられたようだが、接近戦に持ち込ませないようにしてから、一気に流れが変わった。
多彩な技でサラの余裕を削り、最後は伏せていた奥の手でトドメを刺した。
相性の悪さが若干、心配だったが、どうやら杞憂だったらしい。
(にしても、随分、強くなったな。)
出会った頃なんて、そこらの魔物一匹倒すのでさえやっとだったのに。
今やあの『白虎』の使い手ですら倒してしまった。
相手が未熟だったことを含めても、途轍もない成長速度だ。
(これも本人の努力の賜物か。)
凛花の『固有魔法』の性質上、魔法学を深く理解する事が、そのまま技の自由度に繋がる。
この短期間の内に、あれ程の技を量産出来たのは才能もそうだが、成長しようとする本人の気概と努力に寄るところが大きい。
教える立場としては立場が無いが、その成長は素直に喜ばしい。
サラの正面を譲った凛花と目を合わせ、良くやったと頷く。
すると、彼女は仄かな笑みを浮かべ、こちらの視線をサラの方へと誘導する。
私の事は良いからということらしい。
本当に出来た弟子だ。
俺は意識を切り替え、座り込んだままのサラの前に立つ。
「あんたはそこの奴より強いの?」
卑屈な光を宿した碧眼がこちらを見上げる。
虚勢を張る力さえ残されていない疲れ切った顔をしている。
「強いわよ。私なんて目じゃないぐらいに。」
答えたのは凛花だ。
俺が言いにくいと思って、代わりに言ってくれたのだろう。
まぁ、流石に凛花に負けたりはしない。
これでも勇者だしな。
「やっぱり。」
自嘲げに鼻を鳴らす。
軽く目を伏せ、長い睫毛で瞳を覆う。
薄ピンク色の唇が三日月に歪んでいる。
「なら、私なんて要らないだろ。足でまといになるだけだし。」
もう一度、弱々しい視線を寄越し、そう告げる。
その発言から彼女の根底にある価値観が垣間見える。
それを会話の中で引き出し、明確にする。
「役に立たなないと仲間にしちゃいけないのか?」
「当たり前じゃん。役に立たない奴なんて誰も要らないだろ。」
慣れ親しんだ物言いは、他ならぬ自分自身に向けられた物のように思えた。
きっと何度もその言葉で自分を傷付けてきたのだろう。
そうやって自分を奮い立たせてきた。
だけど、彼女はもっと大事な事を知らない。
「でも、お前は子供だろ。」
世界の真理を悟ったかのような達観した正論の矛盾を暴く。
「役に立たないのが当たり前で、大人に守られるのが仕事だ。」
極々、普通の事をやんわりと諭す。
赤ん坊に身の回りの事が出来ないと怒る大人がいるだろうか、子供に仕事をしろと命じる大人がいるだろうか。
一度は誰しも守られて、生きてきた筈だ。
それは勇者である俺も変わらない。
特に中高生の頃なんて、凛花やサラよりずっと馬鹿な子供だったから、酷いものだった。
その事実を無視して、自己責任論に立ち返るのならば、人間という種を一から作り直す他ない。
何故なら、人間は他の哺乳類とは異なり、産まれてすぐに立つことも出来なければ、言葉を話すことも出来ない、誰かに守ってもらうことが前提にある生き物なのだから。
「私を子供扱いする気か?」
「まぁ、偉そうに感じるのは分かる。」
気に入らないと睨みつける碧眼におどけて笑う。
「でも、守られるのは別に悪いことじゃない、って分からない奴を大人と呼ぶ気にはなれないな。」
それは支え合う事を放棄しているのに等しい。
どうして、一人でも生きていけるだなんて、自惚れたことを考える奴を、一人前だなんて呼べるのか。そんな訳がない。
だが、誰にも守って貰えなかった少女は、その当たり前に当惑し、表情を曇らせた。
「意味分かんない。」
だろうな。
少なくとも、サラはダンジョンという過酷を一人で生き抜いてしまった。
強過ぎるが故に己の弱さとは無縁で居られたのだ。
もっとも、それも今日までの話だが。
俺はその場にしゃがみ、サラと目線を合わせる。
「そういう表情をするんだ。知りたいとは思ってるんだろ?」
澄み渡る青の光が微かに揺らめいた。
強ばる華奢な体や逆立つ銀髪が図星であると白状している。
それも予想通りの反応だ。
(まぁ、一回死んだんだ。嫌でも、独りで生きて行くことの限界は意識する。)
死とは、それ程までに人の心を変えてしまう。
ただ、そうなってしまった事自体が不幸なので、素直に喜べることじゃないが。
後悔の念が胸の内から滲み出てきて、一瞬だけ目を伏せる。
それでも次の瞬間には自信のある笑みを浮かべて、おくびにも出さない。
「俺がそれを教えてやる。だから、俺に守られる気はないか?」
差し伸べる右手。
サラは呆然とそれを見下ろし、何か言いたげに口篭る。
何度目かの挑戦で漸く口にしたのは単純な疑問。
「どうしてそんなに私に構う?」
言外に赤の他人だろ、と告げていた。
「見て見ぬフリをするのは辞めようと思ったからかな。助けたかったって、惨めな想いをするのは一度で十分だ。」
苦みばしった口調で語る。
死は人の心を変えてしまう。
それは必ずしも当人に限らない。それを目の当たりにした者や親しい人々、多くの人間に多大な影響を与える。
そういう意味では、俺を他人にしておかなかったのは、他ならぬ彼女自身だった。
「好きにすれば。私は負けたんだし。」
長い沈黙の後、素っ気なく言う。
しかし、その白い手はしっかりと俺の右手に重ねられている。
すっと視線を向けると、彼女はふいっとそっぽを向く。
その横顔には微かな赤みが差している。
(素直じゃねぇな。)
年頃の子供らしい天邪鬼な振る舞いにくつくつと喉を鳴らす。
この後、何故か凛花に白けた目を向けられたが、きっと面倒を押し付けてしまったことを怒っているのだろう。
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私の拙作を読んで下さって、ありがとうございます。
誠に勝手では有りますが、内容を書き直させていただきました。
理由は主に二つ。
凛花とサラの視点を連続させたせいで、サラの過去が頭に入りにくいかなって思ったのと、主人公の考えが上手く伝えられてる気がしなかったからです。
ただ、サラの設定などに変更は有りません。
恐らく、今後もこういう事はあると思います。
自分は納得がいかない部分があると書き直したくなるタイプなので。
出来れば、ご理解頂けると幸いです。
あと、前回の話が気に入っている場合は教えて頂ければ、没エピソードとして掲載します。
正直、未熟者なので、これいう事を言うこと自体、おこがましいですが。
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