第12話 ダンジョン
サラが仲間になってから一週間が経過した。
ここ最近の近況を一言で表すなら、順風満帆である。
特に懸念事項であった凛花とサラの関係が上手く行っているのが大きい。
初めこそ、距離感を測っているような特有のぎこちなさがあったが、一度、ダンジョンに入ると、様子が一変した。
「拘束したわ!今よ!」
「分かってる!」
お互いに言いたいことを伝え合うようになり、積極的にコミュニケーションを取り始めた。
というのも、ダンジョンの中では誰しも命懸け。
ほんの少しの油断から命を落とす事もあれば、他人のミスで死ぬ事もある。
悠長に他人の顔色など伺ったり、啀み合っている余裕など無い。
「【虎爪】!!」
そして、そういった状況の中でこそ、真の信頼関係は構築される。
凛花が糸で絡め取った巨龍めがけて、サラの新技が放たれる。
淡い白光によって造られた鉤爪が弧を描き、飛翔する斬撃を作り出す。
目にも止まらぬ速度で駆け抜ける白虎の光爪。
堅牢な鱗を紙切れのように引き裂き、飛び散る血飛沫さえ置き去りにして、向かい側の壁へと着弾する。
巨龍の首が大地に落ちたのは、奇しくもそれと同時だった。
「ふん。」
「お疲れ様。良い攻撃だったわ。」
地面に着地し、他愛もないと鼻を鳴らすサラ。
その肩を軽く叩く凛花。
凛花が十五歳、サラは十四歳。
歳上だからか、或いは妹がいるからか、二人のやり取りは、凛花がお姉さんになってあげることが多いようだ。
(『
ダンジョンで奥に進む為には、枝分かれする選択肢の中から正しい
そして、『
それをこうも圧倒したのだから、他の魔物なら尚更だ。
(そうなるとポーションの生産効率も上げれそうだ。)
俺はポーションの製造に注力して、サラや凛花に魔石の回収と店番を任せる。
今まではトラブルに巻き込まれないか心配で任せられなかったが、今の二人の力なら、大抵の事は乗り切れる筈だ。
その旨を伝えると、二人は一つの感情を異なる反応で表現した。
凛花は堪らず握り拳を作り、感情を歓喜爆発させ、サラは口端を弛め、ニマニマする。
どうにも俺の許可を、一人前の証のように捉えていた節が有るようで、随分な喜びようだった。
まぁ、こんな危険な場所じゃないなら、俺も自主性に任せたいと思うんだがな。
理想と現実のギャップに、何とも言えない表情で頬を掻く。
それから今日の探索を切り上げ、サラの歓迎会も兼ねて、全員で焼肉を食べに行く事になった。
「驚いたわ。随分、お洒落な店なのね。」
「俺も。サラが通ってるって言ってたから、てっきり。」
「それ、どういう意味?」
黒を基調とした洗練された店の外観に、俺と凛花は瞠目する。
しかし、それは一瞬のこと。
隣に並ぶサラが目を細めて、白眼視している事に気付くと、
「ギャップがあって、可愛いって意味だ。」
「えぇ、その通りよ。」
すぐさま、いけしゃあしゃあとお世辞を言う。
それにサラは「ふん」と鼻を鳴らし、見透かしたように言う。
「ここなら静かに食べられるってだけ。それに知られたくない話も多いんだろ?安酒場じゃそういうの無理だから。」
サラには、俺が勇者であった事や、魔法やこれからの計画について、殆どの事は説明してある。
余程の事情が有るなら話は別だが、意思決定にまつわる重要なことを隠匿するのは、卑劣である、と思うからだ。
そして、サラはそれ等を受け入れた上でこの場にいる。
この店を指名したのも、それ故の配慮だったらしい。
(なんというか、凛花とは別方向でしっかりしてるな。)
凛花が学習意欲の高さと未来への決断力に富んだ優等生型だとするなら、サラは経験に裏打ちされた知識と優れた適応力で活躍する達人型だ。
まぁ、単なる馬鹿じゃダンジョンで生き残れる訳も無いので、ある意味、当然といえば当然だけど。
歩き出したサラに連れられて、店に入ると、個室へと案内される。
どうやらサラは巷ではそれなりに有名な探索者らしく、店員からの扱いも特別なものであり、俺達への接客も恭しいものだった。
「ここって一応、防音なんだよな?」
「そうだけど?」
「まぁ、でも念の為。」
パチンと指を鳴らし、中の音を外部から遮断する。
これで盗聴器とかがあっても、誰も盗み聞き出来ない。
「今、それをやってしまうと店員を呼べなくなるのだけれど。」
「あっ。」
失念の文字を象った一文字を発する。
盗聴対策に気を取られる余り、注文の事をすっかり忘れていた。
俺の頭の中の空白を、そのまま現実に落とし込んだかのように、静寂が場に訪れる。
誰もが無言を貫く中、誰かが噴き出すようにクスリと笑声を漏らした。
すると、二人は決壊したかのように笑い始める。
「ふっ、ふふふ、貴方でもそういうミスをするのね。」
「警戒しすぎ。本末転倒じゃん。」
「あ〜、はいはい、笑え笑え。」
背もたれに寄り掛かり、ひらひらと右手を振る。
勿論、本気で拗ねている訳では無い。
どちらかと言えば、気分は良く、和やかな雰囲気を楽しんでいた。
それから肉を幾らか注文し、食事を始める。
上る煙に乗せられた馥郁とした香り、芳醇なる旨味を予感させる小気味よい音が一室に響き渡る。
時折、他愛もない会話が弾み、そこに笑い声が混ざるが、思い出したみたいに静かにもなる。
その沈黙こそが耽溺する一体感に余韻を生み出し、火照った体に当てる冷風のような役割を担っていた。
舌で美味を味わい尽くした頃、ふとこんな話題が会話に上った。
「そういえば、あんたってダンジョンが何なのか知ってたりするの?」
それは探索者ならば万人が一度は考えたであろう疑問であった。
異世界帰り、現無職勇者の成り上がり 沙羅双樹の花 @kalki27070
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