第10話 希望




《凛花side》



 東条伊織。

 私を救ってくれた恩人で、私の想い人。

 彼は勇者という自称が嘘だとは思えないような卓越した人物だった。


 指先一つで様々な事象を引き起こし、剣を持てばあらゆる魔物を一刀の下に切り伏せる。それでいて武力一辺倒でもなく、魔法という異世界の学問にも精通している。


 偶に抜けている部分もあるが、すぐに非を謝れる素直さが有る。

 容姿や身なりに変な拘りはなく、シンプルな服装を好み、最低限度の身嗜みは整えられている。

 

 とまぁ、つらつらとカタログスペックを並べ立てた訳だが、これだけなら、きっと私は彼の事を好きにならなかっただろう。

 何処かにいるお金持ちのイケメンと同じで、私の人生に関係ない人の一人に過ぎない。

 

 私が伊織の事を好きなのは、私を助けてくれたから。


 魔物から私を救ってくれたことも、怖くて戦えなくなった私に戦う方法を教えてくれたことも、金策を一緒に考えてくれたこともそう。

 真っ暗だと思っていた未来に進むべき明るい道を示してくれる。


 一緒に居ると、生きる希望が湧いてきて、どんな困難な道も楽しみながら前に進める気がする。

 私の好きは『希望』に似ている。

 

 でも、少し悪い気もしていた。

 貰ってばっかりで、私が返せるものなんて殆ど何も無かったから。

 

 (だから、今回、巻き込まれてちょっと嬉しい。ほんの少しだけど伊織の役に立てる。)

 

 絶対に勝つと気炎を燃やし、熱い吐息をこぼす。

 

「それじゃあ、開始!!」

 

 開幕の合図と同時に『異能』──固有魔法を発動させる。

 虚空に浮かべた魔力が鮮血となり、それはやがて深紅の長刀へと変化する。


 私の力は『血液を媒介に武器を作り出す魔法』。

 武器の形状や種類に制限は無く、また作り出した武器にも一つ特別な力を宿すことが出来る。

 伊織風に言うなら、魔道具を作り出せるのが私の能力だ。


 長刀を手に取り、先手必勝と袈裟に振り下ろす。

 その深紅の軌跡をなぞるように炎が浮かび上がり、燃え盛る刃となって、飛翔する。


 空気を焼き焦がしながら進む火炎の斬撃はサラの居た地点に着弾し、内側から弾けるようにして橙色の爆炎を撒き散らす。


 奏でられる爆音。熱を帯びた風が頬を撫ぜる。

 

「初手からえぐい・・・・・」

「先手必勝よ。」

 

 引き気味の伊織にぴしゃりと言い放ち、異議を封じる。


 この中でなら怪我をしないと言っていたのは貴方じゃない。それに悲惨なのは当たってたらの話よ。


 ゆらゆらと燻る黒煙が晴れる。

 そこにサラの姿は無い。


 代わりに強い魔力の気配が頭上に生まれた。

 咄嗟にその場を飛び退くと、入れ替わるようにして彼女の襲撃が訪れる。地面に拳を叩き付け、そのまま砕いて、大地を揺らす。

 

「ちっ、避けられた。」

 

 轟音の残響がある中、苛立たしげな舌打ちが響く。

 

 (凄い威力ね。防御魔法ありでも、直撃したらただで済そうにないわね。)

 

 恐らく、元々の『異能』が身体能力の強化を含んだものなのだろう。

 様々な推察を交えながら、注意深くサラの様子を観察し──思わず面食らう。

 

「虎耳?」

 

 彼女の頭上にあるのは、一撃で大地を震わせる破壊力とは無縁な愛らしい白と黒の虎耳。女の私も綺麗だと思うような端麗な容姿と合わさって、ある意味、破壊力満載なのだが、些かこの場には似つかわしくない。

 

「『獣化』の魔法だな。それも白虎。かなり珍しい。」

「え?ノーツッコミなの?これ?」

 

 腕を組んで、淡々と解説する伊織に思わず不満を唱える。

 もっと言うべきことがある気がしてならない。

 

「なんか文句あんの?」

「・・・・・いえ、特になにも。」

 

 しかし、本人の前で言うべきことでも無いのも事実だった。

 私はもどかしさを押し殺して、胸の内に仕舞い込む。

 だが、それが寧ろ彼女の勘気に触れる結果となった。

 

「ほんと、ムカつくやつだな、お前もそいつも!」

 

 怒気を露わにし、猪突猛進と吶喊する。


 ──迅い。


 彼女は一瞬で彼我の距離を埋め尽くし、すぐさま攻撃を仕掛けてくる。

 岩盤を砕く一撃が驟雨の如く乱れ打ちされる。

 それ等を長刀でいなし、紙一重で躱し、何とか持ち堪える。

 

 (なんて身体能力!魔法を使ってなければとっくに押し切られてる。)

 

 身体強化魔法を使って尚、近接戦では不利を強いられる現状に臍を噛む。


 だが、それは焦りではない。

 何たる体たらくか、と己自身の無力を呪い、忸怩たる想いを募らせているに過ぎなかった。


 私は手に持つ長刀に膨大な魔力を流し込み、長刀そのものを発火させる。忽ちの内に爆弾と化した長刀は巨大な火柱となって、大地と天を繋ぎ合わせた。

 人体など簡単に吹き飛ばしてしまう大火力だが、被害者はいない。

 

「っ!てめぇ・・・・・!」

 

 彼女は咄嗟に大きく飛び退って躱したみたいだし、私も防御魔法で身体を保護している。

 

「・・・・・」

 

 憎々しげに睨みつける眼差しに冷徹を持って応じる。

 無表情のまま、肩を怒らせる彼女を見つめた。そして、ゆっくりと目を伏せ、小さく息を零す。

 

「強いわね、貴方。以前の私なら手も足も出せずに、一方的にやられてる。」

 

 恐らく、初撃で意識を刈り取られ、敗北を喫していた筈だ。

 本来、悔しそうに顔を歪めるのは私の方だった。

 その事を正しく認識する。

 

「・・・・・今なら勝てるみたいな口ぶりね。」

「えぇ、私は世界を救った勇者の弟子だもの。」

 

 誇らしげに謳う。

 素の実力で負けているのは悔しいが、伊織から貰ったものは私にとっての誇りだ。その誇りを嘘にしない為にも、少しでも恩返しする為にも、私は勝つ。

 

「っ!それならやってみろ!」

 

 一瞬、怯んだ後、彼女は再び、突撃を仕掛けてくる

 相変わらず、鋭い踏み込みだ。

 

 (だけど、対処出来ないほどじゃない。)

 

 動体視力の強化と魔力感知で十分捉えられる。

 

「【十二の血剣】」

 

 生まれたのは十二本の大剣。

 それ等は折り重なるようにして、サラの攻撃を受け止める。硝子が割れるような音が三枚ほど続いたが、四本目で拳の勢いが止まる。


 サラはすぐさま二発目を繰り返そうとしたが、その前に横合いから迫る大剣が彼女を吹き飛ばした。


 ──自動戦闘。


 それがこの剣に付与した特性。

 加えて、硬質化や切れ味の強化などを魔法の重ねがけを行い、一つの新しい魔法として昇華させた技だ。

 血剣達は舞い踊るように宙を駆け抜け、更なる追撃を仕掛ける。

 

「このっ!邪魔くさい!」

 

 襲い掛かる大剣を拳で弾き飛ばし、続く二本目を蹴り砕くサラ。

 やはり彼女の実力は並大抵ではない。

 だが、私の攻撃はまだまだこれからだ。

 

「【雷撃槍】」

 

 黄金の槍を生み出し、狙いを定める。

 切っ先から放たれるのは黄色い雷撃。威力こそ大した事ないが、攻撃範囲が広い上に、電撃による麻痺が強化されている。


 それ故か、枝分かれしながら前に進む姿は、獲物を追う無数の魔の手のよう。

 

「また別の能力!?どんだけ応用が効くんだよ!あんたの『異能』は!?」

 

 きっと私の想像力の分だけ。

 魔法では模倣出来ない個性を私の『異能』が、『異能』では補い切れない細部を魔法が担う事で、私の技は完成する。


 どちらか片方では制約の多い欠陥品にしかならない。

 だが、その両方があるのならば、無数の勝ち筋を創出出来る。

 それは無限の『異能』を持っているのに等しい。

 

 (あれだけ暴れてくれればもう充分ね。)

 

 空高く跳躍し、迫り来る雷撃の魔手を逃れ、空を舞う大剣を足場にして戦闘を続けるサラの姿を見て、勝利を確信する。

 

「【見えざる運命の糸】」

 

 私は隠していた切り札を開示する。

 すると、大気中に無数の赤い糸が浮かび上がり、徐々に色濃くなっていく。

 完全に顕現した姿は、さながら張り巡らされた蜘蛛の巣であり、そこにサラの華奢な肢体が絡め取られている。

 

「糸?いつの間に!?」

 

 その驚きは正確では無い。

 この糸はさっきからずっと存在していたし、彼女にも付いていた。

 ただ、隠れていたから誰も気づかなかっただけだ。


 ──潜伏。


 それがこの糸に付けられた特性。

 私がトリガーとなる行動を取るまでは、糸はそこに存在していても、誰も傷付けないし、触れた感触もない。発する魔力も極微弱だ。


 しかし、当たり判定は有り、触れた対象に絡み付く。

 サラが八面六臂の活躍を繰り広げている間にも、糸は常に彼女に絡み付いていた。


 そして、顕在化することによって、彼女を拘束することに成功したのだ。

 

「まだだ!こんなもので──」

「いいえ、終わりよ。」

 

 力任せに糸を引きちぎろうとしたサラの首に槍の切っ先を突き付ける。

 青く澄んだ瞳が、いつの間に、と驚きを訴えていた。

 

「【雷撃槍】の効果は雷を操ることだけど、その真価は私のスピードを雷速まで引き上げることにある。」

 

 代わりに事前に決められていた行動しか取る事は出来ないが。

 麻痺に関しては、雷撃そのものが持つ性質を魔法で強化したに過ぎない。防御魔法が使えれば雷撃共々防ぐのは容易かっただろう。

 

「貴方の敗因は、私の傍に伊織が居て、貴方の傍にはいなかったこと。」

 

 もしも、サラが身体強化魔法を覚えていたら、私が身体強化を使えなかったら、どちらであっても、やはり初撃の時点で同じ命運を辿っていただろう。


 私のスタイルはあらゆる状況に適応可能な万能型オールラウンダーだが、体術などの力押しに弱い。


 彼女の攻撃が目で追えるか、追えないか、その時点で勝敗は決していたのだ。

 

 (ちょっと複雑ね。ズルして勝ったみたいな気もするし、誇らしい気もする。恩返ししてる筈なのに、余計に助けられたような気もする。)

 

 ただ、分かるのは頭の中は伊織の事でいっぱいってだけ。

 煩瑣極まる感情を胸に一つの事実を再確認し、私はふっと笑みを浮かべる。

 

「負けた・・・・・私が。」

 

 譫言のように呟く少女。

 その茫然自失とした表情には既に戦意は残されていない。

 全ての魔法を解除し、私はすっと横にズレる。

 私の出番はこれでおしまい。

 あとは彼の出番だ。






 

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