第6話 理の力






「良し、ここ迄だな。」


 凛花の魔力が枯渇したのを見計らって、俺は今日の修行の終わりを告げる。

 時折、休みを挟んだものの、数時間に渡って行われた修行で、凛花は疲労困憊のようだった。

 今も珠の汗を流して、膝に手をついて荒い息を吐いている。


「はぁはぁ、まだやれるわ。」


 それでも、深紅の双眸に宿る気炎の炎は、まるで消えていない。

 どうやら魔物と戦えない事への挫折感がそのまま修行への意欲へと転化してしまったらしい。

 まぁ、辛い時に打ち込めるものがあるっていうのは、当人にとっては救いだもんな。


「駄目だ。魔力の使い過ぎは肉体だけでなく、精神にも影響を及ぼす。何事も根を詰め過ぎは良くないぞ。」


 それが悪い結果にならないようにコントロールするのは、大人である俺の役割だ。


「・・・・・なにか魔力を回復する方法とかは無いのかしら?」

「無い。魔力は魂のエネルギー。時間が経てば勝手に戻るが、それ以外で回復させる方法は無い。それと、しっかりと身体を休めるのも、修行の内だ。楽をしようとするな。」


 取り敢えず、頑張ってれば良い、なんて言うのは甘えだ。

 体を壊さないように気を付けて、その上で結果を残すのがプロ。

 身体を壊して、明日から仕事が何も出来ない、なんてなったら、目も当てられない。

 そう叱りつけると、凛花はきょとんとした表情をした。

 そして、綻ぶように笑った。


「ふふふ、休めって怒られるのって変な感じね。」


 ふっと脱力して、柔らかな気配を纏う。

 燃え盛るような強烈な熱意は勢いを鎮め、穏やかな焚き火のように安定する。


「まぁ、普通は言うことの方が少ないからな。」


 和やかに応じ、指をパチンと鳴らす。

 すると、俺のすぐ側に扉が生み出される。ドアノブを捻って扉を開くと、そこは凛花の住む部屋へと繋がっている。


「そんな事も出来たのね。」

「幾つか条件は有るけどな。」

「自信がある訳だわ。」


 呆れすら篭った賞賛の一言だった。

 凛花は身を起こして、ゆっくりと歩き出し、扉の向こうへと移動する。


「来ないの?」

「俺はこれから少し探索してみる。大体、夜までには戻る。」

「そう。それならお夕飯作って待ってるわね。」

「あぁ、楽しみにしてる。」


 それじゃあ、の一言を最後に、俺は扉を閉じた。

 平穏なやり取りが心を温かくし、じんわりと熱を持っているようだった。


(さて、やるか。)


 胸に手を当てて、瞑目した後、ゆっくりと目を開ける。意識は完全に戦闘時のそれへと切り替わっていた。

 張っていた結界を解く。

 瞬間、広間全体に、光の燐光が押し寄せて来て、魔物の姿をかたどる。

 結界が邪魔で押し留められていた魔物の再生成が一気に開放された結果だ。

 それまでに蓄積されていた魔力で、百を超える魔物が一斉に生み出された。

 百鬼夜行の顕現であった。


「【斬魔の理】」


 それをたった一言で一掃する。

 聖剣を起点に白光の波紋オーラが半球状に駆け抜けた。

 ピタリと動かなくなる魔物の軍勢。

 そして、無造作に踏み出された俺の一歩と共に、身体の端から一気に崩れ落ちる。

 まるで灰にでもなったみたいだが、今の技に敵を灰に変える力は無い。


 ただ、俺が敵と認識している対象を原子よりも細かい粒子レベルで細切れにしただけだ。


 【理】とは、【断り】の事を言う。

 全なる世界から、個である一を隔てる断絶そのもの。

 あらゆる概念、あらゆる精神、あらゆる物質は、『全部』という概念から、切り離されて始めて、『個』として存在出来る。


 俺は、その切り離す力そのものを操れる。

 故に、俺の攻撃は万物万象を断ち切れるし、俺の防御は何者にも侵される事はない。やろうと思えば、全知全能である神の真似事すら可能だ。


 魔物の100や200、切り刻む程度、造作もない。

 魔石やドロップアイテムを目視することなく、異空間へと収納し、広間を後にする。


 やる事は簡単だ。

 ただ前へと進むだけ。

 敵が敵として機能していない以上、戦略や戦術は必要無い。

 スマホのタップゲームのように、可能な限り、前に進んで、敵を蹂躙する。


 徐々に歩調を速め、駆け抜ける。

 立ちはだかる竜牙兵スパルトイ三つ首の死犬ケロベロス単眼魔ゲイザー石像竜ガーゴイル、全てを蹴散らして、一直線に突き進んだ。

 丁度、1000の魔物を殺した辺りで、行き止まりへと行きあたり、足を止める。


「まぁ、こんなものか。」


 やはり、さして苦労することはない。

 RPGで言えば、俺はゲームクリア後の勇者だ。 Lv.Max、ステータスカンスト、最強装備。

 向かう所、敵無しだ。


 ただ、少しだけ虚しい気がしないでも無かった。

 尤も、その空虚さが、もう成長することができない事への不満なのか、8年間掛けて手にした強さが、所詮、争い合う為のものでしか無かったことに対する失望なのか、それを判別することは出来なかったが。


 それから俺は夕方の時刻に差し掛かるまで魔物を討伐した。その間、1度たりとも傷を負うことは無かった。







 修行開始から1週間が経過した。

 凛花は順調に魔法の習得や魔物との戦い方を習熟しつつある。特に、魔法の方は天稟を持ち合わせていて、習熟スピードが桁外れに早い。

 何なら初日に魔力感知のコツを掴んでいた。

 多分、あと1週間もすれば、この前の魔物くらい瞬殺出来るようになる筈だ。


 魔石の方も相場が値崩れしない程度に売って、二人が食うに困らない金は手にしている。

 一見すると、順風満帆。

 しかし、凛花からこんな打診があった。


「・・・・・少し聞きづらいことだけれど、お金を稼ぐ事が出来そうな魔法を教えて貰えないかしら?」


 顔色を伺うように尋ねる。

 俺は、自分用に購入したMRデバイスを机の上に置き、スリープモードにする。

 そして、無言で自分の向かい側の席を叩いた。


「訳を聞いても良いか?」


 凛花が席に座ると同時に厳かに訊く。

 お金を稼ぎたい、というのは万人が抱える欲求だと理解しているが、何かしらの事情が無ければ、凛花はそんな事を聞いてこないと思ったからだ。


「多分、もう気付いていると思うけど、私が探索者になったのはお金の為。お父さんが身体を壊して、少しでも家計の手助けをしたくて、この島に来たの。」

「出稼ぎってことか。」

「えぇ、この島のお金は円よりも価値が高いし、探索者の需要も年々、増大してるって聞いたから。」


 粛々と答える声音に嘘の気配は無い。

 若干、気になる点はあったが、それはまた別の話だ。


「他人の分際で、図々しいとは思うが、お前の家は、娘からの仕送りが無ければやっていけない程、貧乏なのか?高校生の娘を命懸けで働かせるのは、酷い醜聞だぞ。」

「本当に無礼な物言いね。」

「分かってる。」

「・・・・・そこまでじゃないわ。でも、妹の進学費や私の進学費を含めると、かなり厳しいわね。」


 溜息をついて臓腑の奥底へと怒りを押し沈め、二がにがしげに答える。力無く斜めに向けられる深紅の眼差しが、彼女の無力感をよく物語っていた。


(家族の為か。命を懸けるのに足りる理由だ。)


 長い長い沈黙の後に、俺は大きく息を吐く。

 そして、躊躇いを振り切るように言う。


「分かった。何とかしてみよう。」

「良いの?」

「あんまり良くない。」


 咄嗟に投げらかけられた疑問に即答する。


「これからやろうとしているのは、。何が起こるのか、全く想像がつかないし、下手をすれば、俺達を中心に国家規模の利権争いが繰り広げられる事になる。」


 余裕の無い口調で滔々と語る。

 厄介なのは、現代に住む人々は、知能まで原始人レベルでは無いということだ。

 俺達が魔法技術で利益を手にし続ければ、事には絶対に勘づく。

 そうなったら、『第2の科学』が、この世界に誕生する事になる。

 その影響は俺の想像など遥かに超えているだろう。


「ただまぁ、それでも、守ってやるって約束したからな。例え、世界が相手でもお前は俺が守ってやるよ。」


 どっしりと重たい雰囲気を笑い飛ばすように、力強い声音で言う。

 ふっと微笑みかけると、重圧に押し潰されそうな表情をしていた凛花は、救われたような顔をした。

 深紅の眼を潤ませ、涙を堪えるように艶かしい唇を噛む。どうしようもない感情を持て余しているようだった。

 そして、とんでもないことを口走った。


「ねぇ、抱き締めても良いかしら?もう我慢できないの。」

「なんで!?」


 突拍子もない発言に、愕然とした悲鳴を上げたが、凛花は、こちらの意向などお構い無しに、ズンズンとやって来て、力一杯に俺を抱擁した。

 そして、何度も何度も「ありがとう」の言葉を繰り返す。

 万感の想いが込められた感謝に、俺はなんとも言えない、むず痒い気持ちになったが、決して悪い気分じゃなかったのは確かだった。

 この強さにも価値があったって事か。





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