第5話 修行






 登録を済ませると、俺達は早速、ダンジョンへと向かった。

 ダンジョンの出入口は東西南北に1つずつ存在する。

 その一つ一つに異なる地形が採用されており、入って来た門によって、ダンジョンはまったく別の姿を見せる。


 こういった仕掛けはダンジョン内部にも有り、一定以上、奥へと進むと、門が現れ、地形が変化する。

 その時に魔物の生態や強さなども変わるので、ダンジョン探索には、臨機応変さが必要となる。


 まぁ、今回、俺達が入ったのは、前回と同じ東口。古びた遺跡のような地形だ。

 魔物の強さも大した事、無いし、割と楽に探索出来ると思っていたのだが、想定外の事態が起きた。


「・・・・・大丈夫か?」


 ──凛花が魔物と戦えなくなっていたのだ。

 血のように紅い長剣を構えたまま、動かない凛花の肩を揺さぶって、声を掛ける。

 魔物と向かい合ったきり、このまま微動だにしなくなってしまった。

 声に反応したのか、虚空を見詰める深紅の双眸に光が戻る。


「だ、大丈夫よ。次へ行きましょう。今度こそ私が倒してみせるわ。」


 首を横に一回振って、凛花は我に返る。

 しかし、強気な言葉とは裏腹に、華奢な肩は恐怖に小刻みに震えている。

 先日の死の恐怖は、俺の想像以上に彼女の心に深い傷を与えているようだった。

 大丈夫か、と思いつつも、今は止めず、広間にある3つの通路の内、1つを選んで先へと進む。


 ダンジョンは、広間と通路の連続によって構成されている。

 その内、魔物が現れるのは必ず広間からだ。

 広間と広間を繋ぐ通路から生み出されることはない。

 尤も、広間から出られないという訳では無いが。


「前から来るぞ!」


 タッタッタッと軽やかな足音を耳にし、手前を歩く凛花へと警告する。

 矢のように素早く飛んできた指示に、彼女は全身を強ばらせつつも、深紅の剣を手元へと呼び出した。


 あれが彼女の『異能』らしい。

 血液を媒介にして、特殊な効果を持つ武具を作り出す。

 汎用性が高く、極めて強力な能力だ。

 ただ、あれは果たして『異能』なのか、という疑問は残るが。


「私がやるわ!」


 切羽詰まった表情で俺を牽制し、ギュッと剣を握りしめる。

 鬼気迫る剣幕だが、やはり気負っているように見える。

 通路の奥から走ってきたのは、双つの頭を持つ狼。

 黒い毛並みに覆われた細長い体躯。4本の脚で軽やかに地面を蹴って、走り抜ける影のように疾走する。


「グガァ!」


 グッと脚が沈み込んだ後、魔物は勢いのまま凛花へと飛び掛る。

 しかし、凛花は立ち竦んだまま動けない。


「【断絶の理】」


 あわや衝突する直前、無色透明な障壁が現れ、魔物の突進を押し返す。

 弾き飛ばされた魔物は「キャイン」と甲高い悲鳴を上げて、地面を滑る。

 そして、すぐさま起き上がろうとし、2つの首を落とされた。


 勿論、やったのは俺だ。

 魔物の体が弾けて光の粒となったのを一瞥し、俺は凛花の方を盗み見る。

 恐怖に蒼褪あおざめる美貌。

 成功体験を積めば変わると思ったが、そう簡単じゃないらしい。


「・・・・・今日はもう辞めよう。そんな状態で戦うのは却って危険だ。」

「っ!」


 振り向けられる深紅の双眸。

 その表情は屈辱に歪み、歯噛みして抵抗感を露わにしている。それでも自分自身の状況は理解しているのか、反駁はんばくしようとはせずに、唇を噛んで感情を押し殺していた。


「代わりに、修行をしよう。」


 俺は、励ますように凛花の肩を叩いた後、魔石とドロップアイテムを拾う。

 左足を後ろに引き、右足を中心に身体を回転。回れ後ろをして、凛花の方を振り返る。

 凛花は、酷く困惑しているようだった。


「・・・・・修行?」

「そう。剣の振り方とか、足捌きとか、見てて思ったんだが、魔物との戦い方、よく分かってないだろ?」

「えぇ、まぁ。誰かに教えて貰えるものでも無かったから。」

「そういうのが分からないから、余計に怖く感じるんだと思う。逆に、何をすれば良いのか、身体に染み付かせれば、恐怖を感じるよりも先に、行動出来るようになる。」


 まぁ、正直、そこまで上手くいくとは考えていないが、敵を倒す算段がついていれば、敵を過剰に恐れる必要性がない事にも気付ける。

 その事を実感すれば、凛花も魔物と戦えるようになる筈だ。


「・・・・・」


 少し視線を下げ、思案げにする凛花。

 一理ある、と考えているのか、嫌悪の色は薄く、代案に対して好感を抱いているように見える。


「・・・・・そうね。何もせずにいるよりはマシだものね。」

「そうそう。それに修行で学んだ事は、今後も使う機会が有るだろうし、損もしない。」

「あっ、でも、お金はどうするの?その間、無収入になるわよ。」

「それなら俺がどうにかする。」


 魔王を倒した俺が今更、ダンジョンの魔物如きに苦戦する事はないし、魔石の買い取り手もいる。

 夜、一人でダンジョン探索すれば、それなりの金額を稼げる筈だ。

 力強く返答すると、凛花は自嘲げに呟く。


「いつの間にか、立場が逆転してるわね。」

「気にするな。正直、宿を貸して貰ってるだけで、かなり助かってる。」


 これは偽らざる本音だった。

 俺にも日本国籍は有るから、不法入国で逮捕されたりする事は無いが、外見と年齢が一致しない上に、こちらの世界基準だと無職のままだったから、賃貸を断られる可能性が有る。

 割と本気で居候させて貰って助かっていた。


「・・・・・分かったわ。言う通りにしましょう。」


 迷いを断ち切るように決然と言い切る。

 まだ本調子とは言い難いが、少しだけ失意から立ち直ったようだった。

 それから俺達は幾つか広間を跨ぎ、次の進路がない行き止まりの広間で足を止めた。


「【断界の理】」


 俺は異空間から聖剣を取り出し、一閃。

 広間の唯一の出入口に結界を張る。


「何をしたの?」

「この広間の空間を世界から一時的に切り離した。これで、魔物を含めて、中には誰も入って来れない。」

「・・・・・昨日から思っていたのだけれど、貴方の『異能』って一体、どういう能力なの?」

「『異能』か。」


 質問には応じず、聖剣でポンポンと肩を叩く。

 意味深な振る舞いに、凛花は焦れるように身動ぎする。


「なにか間違ったことを言ったかしら?」

「いや、多分、俺の想像が正しいなら、『異能』っていうのは魔法の一種の事だと思ってな。魔力の反応が有るし。」


 己に言い聞かせるように、独りごちる。やはり凛花はピンと来ていない様子だが、この辺りはしっかりと教えれば良い。


「俺の『異能』は、理を操る能力だ。万物万象に存在する境界線を司り、自由に変化させられる。」

「・・・・・パッと聞いてもよく分からないわね。」

「ははは、まぁ、そうだよな。ただ、この『異能』を持ってる限り、俺を殺せるのは、神か、魔王のどちらかしかいない。」


 この異能が有るからこそ、俺は勇者に選ばれた。聖剣は、理の力を強化する為の外付けパーツみたいなものだ。


「途轍もなく強力って事は分かったわ。」

「そういう事だ。何か困った時があったら、遠慮なく頼ってくれ。」


 そこで話を一区切りさせ、早速、修行内容について口火を切る。


「先ず、何がなんでも覚えてもらいたいのは、身体強化魔法、魔力感知、防御魔法の3つだな。この辺りがしっかりしていれば、余程、敵が強くない限り、逃げるくらいは出来る。」

「・・・・・魔法?」

「そう。魔法だ。」


 聞き返された言葉を強く断ずる。

 すると、凛花は腕を組んで、考え込む。頭ごなしに否定するのではなく、言葉の意味を深く吟味しているようだった。


「さっきも魔法って言ってたわよね?異世界ではそういうものが有るって事かしら?」

「鋭いな。」

「お世辞は良いわ。」


 そう断ったが、満更でもなさそうだった。

 口角を少し上げる凛花の様子が微笑ましくて、俺も釣られたように笑う。そして、話を続ける。


「魔法っていうのは簡単に言うと、魔力によって引き起こされる事象の事を指す。魔力は魔法を引き起こすのに必要なエネルギーの事だな。」

「その魔力というのが私にも有るのかしら?あんまり聞いたことが無いのだけれど。」

「有る。聞いた事が無いのは、本来、こっちの世界の人間は持っていないものだからだ。」

「どういう事?」


 か細い首が横に傾けられ、疑問符を頭上に浮かべる。


「言葉通りの意味だ。こっちの世界の人間は、本来、魔力も持っていなければ、魂という概念も適用されていない。俺が魔法を使えるようになったのも、向こうに行ってからだ。」

「・・・・・それならどうして私には魔力が有るのかしら?異世界になんて行ったことないわよ?」

「それでも、異なる法則の働くものに触れただろ?」


 驚きに見開かれる深紅の瞳。

 彼女はおののくように呟いた。


「ダンジョン・・・・・!」

「そうだ。お前達はダンジョンの中に入ったから、異なる世界の法則が適用されるようになった。『異能』が使えるようになったのも、ここに入ってからだろ。」


 ブラックホールの中に入った光が一体、どうなるのか、という命題が有る。

 ブラックホールは、『特異点』とも呼ばれ、通常の物理法則の適用外にある存在だとされている。

 その特異点を、通常の物理法則に支配されている光が通過した時、光は全く異なる物理法則に則って動くようになるのではないか。

 そういう考えがある。


 俺達、人間も同じだ。

 『ダンジョン』という『特異点』を介して、人間は必ず魔力を持つという理の働く世界に触れれば、俺達もその法則に支配されるようになる。

 実際、俺が魔法を使えるようになったのも、こっちの世界の人間が『異能』を使えるようになったのも、異なる法則に触れてからだ。

 信憑性は有ると思う。


「でも、それならどうして『異能』は1人1つなの?貴方の口振りなら、複数使えても可笑しくない筈だけど。」

「単純に『魔法』を知らないからだろ。だから、魂の力を根源にする異能──『固有魔法』だけを特別な力だと勘違いした。」

「・・・・・そんな馬鹿な事があるの?」

「コロンブスの卵みたいなものだ。分かってやる分には簡単に見えるが、何も知らない状態でやるのは難しい。大体、人間が科学に傾倒したのは数百年前。人類の持つ10万年の歴史から見れば、つい最近だ。原始人が科学を知らなかったように、こっちの世界の人間が、魔法の存在を見つけられなかったとしても、全く不思議じゃないさ。」


 魔物の落としたドロップアイテムをそのまま使用しているのも、原始人が行っている事と同じだと思えば、大して不思議にも思わない。

 まぁ、真似したいとは思わないが。


 怒涛の展開に言葉を失う凛花を尻目に、俺は大きく深呼吸する。

 そして、挑むように誘惑した。


「さて、これからお前が習うのは、今から数万年後の知識だ。ワクワクするだろ?」


 悪魔のように微笑みかける。

 凛花はハッと息を呑んだ。

 彼女の脳裏に渦巻く様々な疑問が、全て『知りたい』という飽くなき知識欲へと変化する。


「ええ、とても。」


 不敵に微笑み返す凛花の姿は、もう落ち込んでいるようには、見えなかった。






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