プレイヤーの裏側で #1




「レン?」


 王子が目をバチクリさせながら、私を呼ぶのが妙におかしなった。

 天球儀の寵児に騎士の誓いをたてる一刻前。微妙な空気感が、この場を支配している――のを自分でも感じていた。


 ことの発端は殿下が、寵児に会いたいという私情から。本来、第3王子であるウィリアムは、市井の者に気安い存在であってはならない。まして、王子自ら足を運ぶなど、あって良いはずがない。


 それに付け加え、貴族らしくないジェイス。むしろ、サリアに会いたいのは自分だと、駄々をこねる。


「……今宵は、私が機会をいただく」


 私は一息で、息を吐き出すようにそう嘆願した。二人は目を丸くする。


 ウィリアムの逢瀬、それは許可できないのは規定事項としても。異例イレギュラーとはいえ、すでに貴族であるジェイスも、同様。もちろん、私だってそれは同列だが――。


(今回だけは、譲れない)


 強い意志をこめる。

 サリア嬢のおかげで、殿下のお守りできた。これは、大きい。


 無思考の第一王子、欲の塊といえる第二王子。そして、殿下。本当の王者は、殿下のうような方だと、私は信じて止まない。美辞麗句ではなく【王国の若き太陽】とは、殿下のためにある言葉だと思う。


 殿下が剣を学び始めた6歳の時。

 身分を隠して、騎士団の道場に通い始めた。


 護衛には、騎士団員はもちろんだが、何よりラースロット団長――つまり、父上がいる。王国の影【Gardenガーデン】もいる。だが、周囲の騎士見習いは、その点を理解していなかった。いわゆる、男爵家、侯爵家が中心のなか。まだ社交界のデビューも許されない年頃。この狭き世界のなか、階級クラスに拘るのは、なんとも子どもらしい。


 男爵家をなじる侯爵家を、殿下は激昂したのだ。

 それを諫めない同列の侯爵家も、上位の公爵家も、騎士団も、騎士団長も。

 殿下に加勢したのは、私一人だったのだ。


(言ってみれば、あの時の私もクソガキだが、殿下はもっとクソガキだ)


 思い返せば、つい唇が綻ぶ。

 まさか、騎士団員や騎士団長にまで渇をいれるとは思ってもみなかった。


 ――王国騎士団は、権力と力に溺れた集団かっ!


 小童が何を……そう影で言われてもおかしくない。何より、子どもの諍いに騎士団オトナは関与しない。階級以前に、人としてを学ぶ場でもあった。


 ――レン、殿下をよろしくな。


 そう父上に言われたあの日から。私のなかで、殿下は特別な人だった。

 多勢に無勢ながら、それでも立ち向かう。今なら無策で行動することは愚かさだと失笑しそうだが、私達の騎士道がそこにあった。


 ――ちょっと待ったぁぁぁっ!


 あぁ、今でもサリアの声が、鼓膜の奥底から響く。


(彼女は村娘だぞ?)


 いや、天球儀の寵児――姫巫女と知ったいま、その認識は改めるべきだ。だが、それでも騎士でも無い。貴族でも無い。彼女に、負うべき責任はない。それなのに、駆けつけた。そんな彼女を騎士と言わずして、何というのか。


「レンは、彼女に会ってどうするの?」


 殿下は、微苦笑を浮かべながら聞く。ジェイスに至っては、不満顔で。


「非礼を詫び、騎士の誓いをたてたいと思います」

「は?」


 驚愕の声をあげたのはジェイス。魔術バカだが、即席の貴族知識のなかに騎士の宣誓を叩き込まれていたようで、それは僥倖。


 主君以外にたてる騎士の誓いは、愛する女性のため。殿下の命を救い、私の命を繋いだ女性ひとだ。こんな誓いでは、足りないとすら思ってしまう。


「逆に殿下に――ジェイスにもお尋ねしたい。姫巫女を求めるのは、どうして?」


 一瞬の沈黙。

 それから、さも当たり前と言わんばかりに口を開く。


「あんなに魔力が綺麗な人を僕は知らない。染めるのなら、僕の魔力で染めたい」


 ジェイスは真摯にそう言う。いつもの、茶化すような素振りは何一つなかった。


「……そうだな。俺はジェイスのように、魔力で人を視れないけれど、同様の答えになるかな。彼女のように、魂が綺麗な人を俺は知らない。貴族のような騙し合い、打算を巡らすわけでもない。ただ、目の前のことに一生懸命な彼女のことをもっと知りたいと思う」


「身分差があります」

「娶るから問題ない」

「……妾として、ですか?」

「まさか」


 殿下は微笑む。


「正妻としてに決まってる」

「それが無理だと言うことは、殿下もご理解されているでしょう?」


「それなら、レンだってそうだろ? 騎士の誓いを平民と交すなんて、騎士団が許すとは思えないけど?」

「人にとやかく言われて左右される騎士道は、あいにく持ち合わせていませんから」

「同じだよ。やりようはいくらでもある。はなから諦めるっていう選択肢、俺の性分じゃないから」


 無欲と評された殿下が、初めて欲を見せた気がする。


「あのさ……」


 割り込むように呟いたのは、ジェイスだった。


「今回は、レンに譲るけれど。サリアに花を贈るのは、許してくれるんでしょう?」

「それは――」

「良いに決まってるでしょ」


 魔術を安易に行使すべきじゃないと、言葉を濁す私。

 気軽に頷き、私の言葉を打ち消す殿下。主がそう言えば、従者である騎士見習いが否定できるワケがない。それに、反対する要素もなかった。


 殿下の花魔法。全属性を行使できる、殿下ならでは。ジェイスが選んだ花は、ハーデンベルギア。その可憐な花束は、彼女を彷彿させる。


 ――花言葉は、奇跡的な再会。


 きっと彼女は、これが今生の別れだと思っている。

 いや、村娘たちだってそうだ。だから、浮かれたように殿下に、うっとりとした視線を投げかける。一夜限りの初恋、きっとそんな想いをこめていた。


「……レンはやっぱり、ダメ?」


 ジェイスが恐る恐る聞く。私は、放っておくと溢れてしまう理詰めな思考を、強引にねじ伏せた。


「奇跡的な再会を、君の魔術で描いてください。私が、サリアに騎士の誓いをたてるのは、その伏線でしかないのですから」


 なんとなく分かっていた。

 サリアが、もう物語を続けることを諦めていた気がしたから。


 文学的なことはよく分からない。

 ただ、彼女が諦めているのなら。その物語の続きを紡いだら良いと思う。


「んー。その続きは、殿下に頼るしかないけど?」

「準備はしているから」


 殿下は自信満々に――イタズラをこれからする子どものように、ニッと微笑んだのだった。

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