第90話 メッセンジャー

 リーゼロッテたちが首都アルデンに到着する少し前。ダンジョンマスターたる秀吉は自身の居城であるダンジョンコアの間で思案に暮れていた。





「ジャネットを派遣するかどうかだが……。その前に、この……、なんとも言えない違和感はなんだ?」


 正直、リーゼロッテやアリア。それにクラン女男爵の隔絶した力を知る身としては、援軍など送らなくとも問題ないような気がする。しかし、何故だ。ここで選択肢を誤れば、すべて水泡に帰す。そんな予感が離れない。なんだ、何を見落としている?


「正味、こんな予感なんてものは合理的ではない。ないが……」


 無視してよろしいものでもない。なにせ、古来より虫の知らせ、などと言った言葉で残っているんだ。合理性以上のなにかがあるのはおかしな話じゃない。

 俺は額を抑えて、頭の中を整理するように思考する。それが俺の一番の武器だからだ。


 公国、帝国、王国の関係。リーゼロッテやアレク皇女が率いる軍団。ダンジョンと各勢力の関係。


「どこだ、どこを見落としている?」


 諸部族連合の存在。各国の位置関係。王国の勇者召喚、ならびに現れた勇者。王国の皇太子、レクス・ランドティア――。


「……なんだ?」


 なにか、ここで違和感を……。どれだ、どれ――。


 ――頭の中で光が奔った。そうか……!


「しまった、罠だ……!」


 なんてことだ! もっと早く気付けた筈なのに!

 俺は急いでジャネットへ通信を繋ぐ。


「ジャネット! 今すぐこちらへ来てくれ!」

『あ、主さま?』

「急げよ!」


 俺は用件だけ告げると通信を切る。ジャネットがこちらへ来るまでに取るべき指示を文に書きながら、頭の中で閃いた可能性――ほぼ間違いなく正解だろう――を精査する。


 そもそも、最初からおかしかった。リーゼロッテの話ではアルデン公国の首都アルデンは王国の奇襲で陥落した、という話だった。

 よくよく考えればそこからおかしいのだ。奇襲で首都が陥落した? 何故陥落させることができた?

 城塞都市エィルを見れば分かる筈だった。防衛機能を城塞、砦に頼っている時点で首都も同じ筈。すなわち、統治機能を有する居城があってしかるべき。だというのにもかかわらず陥落している。というのであれば、どうやってその防御を抜いた?

 少なくとも、俺が知る限りこの世界に航空戦力はない――もしかしたら、ダンジョンないしは元ダンジョンから国家形成に至った、かつてジャネットが差配していたという諸部族連合方面ならあり得るが、それは例外だろう――。もし、あったとしても現代のように効果的な運用は不可能に近いと考えられる。


 仮にドラゴンを航空戦力として運用していると仮定しよう。この時点でいくつかの問題点がある。

 1つは、ドラゴンを運用するとして、組織的な運用が出来るのか、という点。これは簡単に言うと、数を揃えられるのかということと、それを部隊単位で動かせるのか、ということだ。

 数、というのは簡単だろう。いくらドラゴンとはいえ、一匹、二匹では意味がない。最低でも十単位でいなければ話にならない。それも本当に最低限で、だ。少なくとも、俺だったらドラゴン二匹程度なら要所防衛にまわす。なぜなら、拠点攻撃という意味ではあきらかに火力が足りないからだ。


 ドラゴンの遠距離攻撃方法を火炎放射、火の玉を放つ。というものだとして考えてみよう。まず、火炎放射の場合、射程は? 流石にファンタジーだとはいえ、50メートルを超える、ということはないだろう。つまり、どう考えても近中距離の攻撃、となる。それでも、上空から放てばそれなりの牽制になるだろうが、やはり厳しいように感じる。

 次に火の玉、火炎弾だが、連射できるかが問題だ。また、それだけじゃなく範囲も考えるべきだ。弾一発で一人焼き殺しました、では話にならない。

 これは個人的な話であるが、俺はドラゴンを航空戦力へ当て嵌めるとして、それは現実における爆撃機であると仮定している。

 ならば、戦闘機に相当するドラゴンはなにか? 俺は、よくファンタジー系統では亜竜とされているワイバーンを定義している。


 理由はいくつかある。1つはドラゴンよりもワイバーンの方が数を揃えやすい。言い方を変えれば調達、運用コストの違いとなる。

 これは先ほどの数を揃えられるか、という疑問に通ずる話になるが、もともとドラゴンとはモンスターの中でも上澄み中の上澄み。犬猫のようにすぐに調教してどうの、などという話ではない。それに比べればワイバーンはまだ比較的マシという話になる。

 それに食料の確保という意味でもそうだ。どちらも生き物である以上、食料という維持コストがかかるわけだが、もちろんそれは図体に比例する。一応、個体によって多少変わるだろうが、それでも劇的に変化する訳じゃないだろう。それこそドラゴンを百匹維持しようとすると、下手したら国の経済が傾きかねない。

 そう考えると精々数体確保して、拠点防衛用の移動砲台とするのが賢明だろう。それでも国家に重大な負担を強いるだろうが。


 ……ずいぶんと話を脱線させてしまったが、早い話が奇襲と言いつつ、ある意味正攻法の攻略である航空戦力の投入、というのはないと判断できる。

 ならば、どう言うことなのか。それはアルデン公国とランドティア王国の立地、これがヒントとなった。

 そもそもアルデン公国がもともとランドティア、当時のカルディア王国の領土の一部かつ、帝国への盾となる場所、というのは再三語った話。だが、ある意味俺はそれを軽視していた。

 考え方を変えれば同じ陣営だということであれば、脱出路をそちらへ伸ばしていても不思議じゃない。

 脱出路、つまり隠し通路だ。そして、そういう隠し通路を知ってるのは公国の上層部。また、王国も知ってる可能性はあるだろう。なにせ、元公国の上役だったのだから。


 その隠し通路を使って内部に侵入。中から門を開け奇襲した、と言うことなら十分考えられる。しかし、隠し通路ゆえに本来なら監視の目を付けられていてもおかしくない。

 そのことを勘案すると、その監視の目を取り除くことが出来る人物。つまり、公国上層部に裏切り者がいたと想定すれば色々な説明がつく。

 あれほどの力を持ったリーゼロッテが逃げることしか出来なかったのも、首都アルデンが簡単に陥落したことも。


 そして、もう1つ。裏切り者がいたとして、その目的。それもある程度予想がつく。簡単に言えば親王国派。コウモリ外交ではなく王国に重きをおいて同盟。……最悪の可能性では、アルデン公国から王国所属のアルデン辺境伯領への回帰を目指したのかもしれない。

 なにしろ公国上層部所属ということは、リーゼロッテの縁者という可能性が高い。そしてリーゼロッテの縁者ということはアンネローゼ・フォン・ハミルトンの血筋である可能性が高く、それは同時にランドティア王国の縁戚となる。つまり、王国にとっても使いやすい駒となり得る。それを理解した上で売り込んだとしたら?


 ……かつて俺が予想したアレク皇子――実際は皇女だった――を君主に据え、帝国の同盟国。あるいは属国にする計略。それの王国版の出来上がりだ。

 まぁ、もっとも。祖国を簡単に裏切る者なぞ信用できないのだから、したという可能性も十分あり得る。

 そして、首都が陥落した後も隠し通路を残しているとしたら――。


 かしゅ、という音とともに扉が開く。どうやらジャネットが到着したようだ。


「もう、主さま? 急にどうしたのかしら?」

「あぁ、すまない。恐らくだが、ちと面倒な事態に直面している可能性が高くてな。……それを解消するため、ジャネット。お前に出てもらいたい」

「……あら?」


 驚き、目を真ん丸に見開きながら口許を手のひらで隠している。


「それで? あたくしはどうすれば良いのかしら? 出る、ということはあの姫騎士さまの援護かしら」

「あぁ、そうだな。……正確に言うなら撤退のため、殿しんがりを務めてもらいたい」

「…………ふぅん?」


 ジャネットの目が鋭くなる。彼女が考えていたよりも状況が悪いと悟り真剣になったようだ。

 俺はそんな彼女へ書いていた指示書を渡す。


「詳しくはこれに書いてある。そしてもう1つはアレク皇女へ渡せば良い。彼女なら見れば分かる筈だ」


 指示書を受け取ったジャネットは嘆息する。


「このあたくしをメッセンジャーに使おうだなんて、主さまが初めてよ? それにこれからも現れないでしょうね」


 ジャネットの軽口にくつくつ、とした笑いがこぼれる。


「それは、お互い得がたい経験をした、ということだな」

「それじゃあ、行ってきますわね」


 俺の返しに、肩をすくめて退室する。

 ……間に合えば良いのだが。いまは、ジャネットが間に合うことを信じるしかあるまいな。

 そのためにも、俺は次の手を打つために動き出すのだった。

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