第89話 アルデン公国首都アルデン

「もうそろそろアルデンにたどり着くわね」


 森林地帯で黒髪の少女の強襲から暫く、私たちはアレクやルードたちの協力のもと進軍を続けていた。その甲斐あってか、敵からの攻撃を受けることなくたどり着くことはできそうだけど……。


「はぁ……」

「姫さま?」


 ため息をついた私をエルザが心配そうに見つめてくる。心配をかけてしまっているようだ。でも……。


「まさか、こんなかたちでここに帰ってくるとは……。いえ、覚悟はしてたのだけど」

「あぁ、そう言うことですか」


 私が言わんとしたことが分かったみたい。エルザも渋い顔で前方を、先ではあるけど見えてきた城壁を見る。

 ……おっきいわよねぇ。あれをいまから攻めないといけないのか。

 もともと、私もあそこに住んでいたのだから嫌というほど理解している。

 アルデン公国首都アルデン。もともとはアルデン大森林を開拓して造られたこの都市は、幾度かの大規模な拡張を行っている。

 首都機能を拡充させる、という意図もあったのはたしかだけど、それ以上に……。


「この城を突破するためには最低3つの城壁。開祖アンネローゼさま曰く曲輪くるわを突破する必要がある。それだけでも頭が痛いのに……」


 確かに、首都アルデンは平地に存在している。でも、それを防衛する手段も用意されていた。それが総構えそうがまえと呼ばれる設備。

 城壁とは別に大規模な河川の整備と防御用の柵や塀を用いて都市を囲っている防衛ラインの事だ。

 この国はもともとカルディア。いまは国号をランドティアと変えた王国の辺境領地として勃興した。言い換えれば、本来ここは王国の最終防衛ラインだった。それゆえにとくに防御面を意識した造りとなっている。

 それを監修したのがアンネローゼさまだ。もっとも、アンネローゼさま自身もなにか、元にされたものがあったらしいけど……。


「オダワラ、というのは何か暗号なのかしら? それだって、よく河川の流れまで変えて防衛に使おうだなんて考えたものよね」


 それでも、アンネローゼさま曰く完璧ではなかったらしい。もともとの計画ではさらに外で複数の砦を建設、相互に防衛ラインを造り、連携させることで防衛力を向上させるつもりだったようだ。流石に費用が掛かりすぎるのと、人員がいなかったことで計画時点で白紙化されたらしいけど。


「それでも街や農地自体を内に囲ってることから、その気になれば兵糧攻めにも対応できるし、それに――」


 河川自体が水堀の役割を果たしているけど、それだけじゃなく、河川の内側はあえて地面が高くなるよう縄張り、建築段階で設計されている。それもこれも川の水を攻城に利用されないため、らしい。

 なんでも川の水を塞き止めて、それを一気に流すことで意図的に川を氾濫させ、城を水没させる。水攻めなる手法があるらしい。それを危惧して、防ぐために設計したようだ。

 そんな大掛かりな城攻め、どれだけの費用、どれだけの人員が掛かることか……。


「あっはっはっ、ここまですごいんだねぇ。噂には聞いてたけど。流石は難攻不落、の代名詞になってたアルデンだよ」

「それでも、奇襲であっけなく落城したんだけどね……」

「いやぁ、でも、それも一度だけ使えるジョーカーだよ」


 けらけら、と笑っているアレク。でも、それが一種の空元気だというのは私にも分かった。笑顔はひきつってるし、パッと見気付けないけど、一筋の冷や汗を流しているのも確認できた。


「正直できるんだったら、もう少し兵を動員したかったなぁ。まぁ、ボクの権限じゃこれが限界だったんだけど……」


 はぁ、と深々ため息をついている。分からなくもない、私だってアルデンを城攻めする以上、万全を期したいと思う。でも、それも難しいだろう。アルデンからの脱出路はそもそもランドティア王国側にあるし、既に抑えられてる筈。

 そもそも、侵攻時の奇襲だって、本来知られる筈のないその路を使って行われた。つまり、内通者。裏切者がいたことになる。それも、その路を知る。言い換えれば高位の人間が、だ。

 すなわち、その路は警戒されている可能性は高いし、裏を取ろうとしても邪魔される公算が高い。しかも、仮に行えたとしても、最悪の場合王国からさらに派遣された援軍と籠城軍とで挟撃される可能性すらある。

 と、なると結局正攻法で攻めるのが一番の近道になってしまう。でもなぁ……。


「ちなみに、さ。リズ姉? あそこに、これと言った明確な弱点。あったりする?」

「逆に聞くけど、あると思う?」

「……だよねぇ」


 とほほ、と肩を落とすアレク。そんなものがあるなら、もう既に使うなり、陥落前に補修している。それをしていないんだから、答えは決まっていた。

 まぁ、一応。弱点、とまでは言えないけど朗報がありそうだ。


「どうやら、王国の後詰めはそこまで多くなかったみたいね。あきらかに守備兵が足りてない」

「そんなこと、分かるの?」


 こてん、と小首をかしげているアレク。


「ええ、間違いないわ。総構えの守備兵がまばらですもの。あきらかに人員が足りてないわ」


 本来、アルデンの籠城において必要な守備兵は一万五千から二万。これは防衛設備を万全に使うため、必要な人員の数だ。

 しかも、王国は攻め込んだ側。アルデン内部に公国臣民という潜在的な敵対者を内に抱え込んでいる。つまり、常に背中を気にしながら戦わなけれならない。そして、それは少ない兵数をさらに割かねばならないことを意味する。

 とてもじゃないが王国は万全の状態で籠城できないだろう。その状態でレクスがどんな手を打ってくるか。それにより、攻城の難易度が変わるだろう。


「まぁ、それでも油断するわけにはいかないんだけど……」


 相手が籠城するか、それとも打って出て野戦となるか。もしくは、なにかこちらが予想もしない手を打ってくるか。

 いまはまだ、にらみ合いをしながら後手にまわるしか方法がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る