第60話 大山鳴動す
内心、戦々恐々としながらルードの報告を聞いたわけだが、どうやら俺の心配は杞憂だった。というのも、今回の報告。それを簡単に言えば新生、もしくはホブゴブリンライダー隊の練度に関する報告であり、身も蓋もない言い方をするなら、これだけうまく乗れるようになりましたよ、ということだった。
その報告を受け、色々な意味でルードに悟られぬようホッ、と胸を撫で下ろした。
ただでさえ、公国王国関連で頭が痛くなるような報告ばかり続いていたんだ。これ以上の問題はごめん被りたかった。……まぁ、そんなことを言ったところで問題は向こうからやって来るものなんだが……。
ふっ、とホログラムからルードの姿が消える。とはいえ、それはこつぜんと姿を消したわけではないようで声自体は聞こえてくる。どうやら、配下のゴブリンが来たようでしゃがんで話を聞いているようだ。
「どうしやした、血相を変えて……」
「――――」
「うん、うん……。待ちなさい、それは本当で?」
いま、報告に来ているゴブリンは人語を解せないようで、ゴブリン独自の言語を使っているらしい。俺にはざぁざぁとした雑音にしか聞こえないが、報告を受けているルードの声が強ばっていることから、あまり良い話でないことは確かなようだ。
すく、と立ち上がってふたたびホログラム上に現れるルード。その顔は苦虫をダース単位で噛み潰したように歪んでいる。
「マスター、追加の報告です」
「ちょっと待ってもらえない? それはあたしが聞いて良いの?」
そういえば、前ほどまで報告を受けていたことでまだクラン女男爵がこの場にいるんだった。さて、どうしたものか。報告の内容を知らない以上、こちらではなんとも判断のしようがない。
だが、俺の代わりに返答する者が現れる。報告を受けたルードだ。
「えぇ、出来ればエルザの姐さんも聞いてください。こいつは公国にも関係ありますから」
「……そう、か」
返事をしつつもこちらを見るクラン女男爵。いくらルードが許可した、と言ってもここで一番影響力、そして決定権を持つのは俺だ。だからあくまで越権にならないようこちらへお伺いを立てているようだ。
その姿を見て俺は感心する。本来であれは俺とクラン女男爵は対等な立場でもおかしくない。それどころか公的な場に関して言えば俺が下の立場になることも往々にしてあり得る。
それでもなお、彼女は敢えてこちらを立ててきた。それは指揮系統を明確にする、という目的のため。いくら俺、というよりダンジョンがアルデン公国公女リーゼロッテと協力関係にあるとは言え、彼女は男爵位を持ち、対してこちらは無位無官。
だから彼女が上でもおかしくない。しかし彼女は敢えてこちらを立ててきた。
ダンジョンを1つの国家、として考えた場合。俺が国主。国王と考えてもおかしくないからだ。まぁ、それ以上にルードたちモンスター――と言うと普通に交友している身としては不思議な気分になるが――の忠誠はこちらに向いている。
そのような状態で、俺を
しかし
それを飲み込んで外交的な判断が出来る彼女に本当、尊敬の念を抱かざるを得ない。自身が同じ立場だとして同じ選択を出来る、とは自信を持って断言できないからだ。
それだけ彼女が非凡な才能を持つ、ということなのだろう。そしてルードはそんな彼女にも報告を聞いてもらうべき、と判断した。ならば、俺の返答は――。
「構わない、ルードが必要だと判断したんだ。ならば俺はそれを信用しよう」
「マスター……!」
俺の返答に、信用――いや、信頼されていると実感したルードは感動し、少し涙ぐんでいる。そんな感動するような場面ではないと思うんだが……。
ルードはいままで俺の期待どおり、どころか期待以上の働きを見せている。そんな忠臣を信頼するのはおかしなことじゃない。
まぁ、あちらからするといままでの頑張りが報われた、と思ったのかもしれない。これはむしろ、俺が
結局のところ、人と人――ルードはモンスターだが――は完全に理解しあうことは出来ない。だからこそ、言葉、という意志疎通の方法があるんだ。そして、俺はそれを怠っていた。信賞必罰は組織の要だというのに。
だが、それを気付くことが出来ただけでも僥倖といえる。手遅れになる前に分かったのだから。ならば、それを喜ぶべきだ。
そのことを胆に銘じつつルードへ報告を促す。
「それでいったい何があった?」
「それが――」
それからルードがもたらした報告はある意味驚くべきものだった。
近頃、住民が増えたことでDPも多少の余裕が出来たこともあって、戦力拡充のため新たなゴブリンライダー隊新設のため、コマンドウルフの追加、ならびに訓練を行っていたのだが――。
訓練の一貫として遠乗り、という名の偵察。しかも首都アルデンへ強硬偵察を行っていた。正直、そこまで危険なことをする必要はないのだが今後、ライダー隊を即戦力とするため、ルードは必要だと判断したようだ。
とにもかくにも、その偵察で首都へ多数の人間が入城する姿を目撃したそうだ。
「なるほど。つまり王国側の増援が到着した、と」
「おそらくは……」
それならある意味想定の範囲内だ。そもそも王太子、レクス・ランドティアが首都へ引きこもったのも戦力が足りない、と判断したのは容易に想像できたこと。ならば戦力補充のため、本国から増援が派遣されるのは自然なこと。驚くほどのことじゃなかった。……それだけならば。
「それとともに開拓村の西から行軍しているであろう集団も確認した、と。しかも、その中には金髪の女騎士と、それに付き従う青く短い髪の女騎士の姿があった、と言っていやした。これは……」
……間違いないだろう。その二人の女騎士。リーゼロッテとアリア、公国主従だ。そして、彼女たちが帝国。ルシオン帝国の助力を得て帰還したのだ。
「これは面倒なことになるかもしれんな……」
二大国、ルシオン帝国とランドティア王国の――小競り合いとはいえ――激突が刻一刻と迫っていた。
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