第58話 公国の貴族、王国の王族

 王国奇襲軍の一部隊がエィルへ襲撃をかけようとし、逆に壊滅してから約一月が経った。あの後、協力してくれた諸部族連合のリィナ、ルゥ姉妹は自国へと帰っていった。ただ――。


「また、いつか。逢える時を楽しみにしていますね、ダンジョンマスター?」


 にこやかに、しかして意味深に笑っていた外交官である姉、リィナ。なにか含みがありそうな態度に、俺は少々不安を感じざるを得なかった。


 ……それはそれとして。開拓村、エィル周辺は現在、平穏を取り戻していた。どうにもあちら側、グレッグ傭兵団と正規軍一部隊が壊滅したのが相当な痛手だったのか、首都アルデンで防衛体制を構築している。というのがこちらでの調査の結果、判明したことだった。

 そして、王国奇襲軍の司令官がかの国の王太子。レクス・ランドティアであることも。


 なぜ、俺たちがここまで情報を得ることが出来たのか。それにはもちろん理由がある。

 1つはかねてから計画していた公国民の拉致、という名の保護を本格的に始めた、ということ。

 そもそも、件の王国奇襲軍であるが首都で引きこもっている以上、こちらの邪魔をする存在がいないこと。そして以前、セラに頼んでエィル都市長と結ばせた密約を履行させたことにより、開拓村の村民はかなりの数増えていた。

 もっとも、こちらとして想定外――しかも良い意味で――だったのが……。


「――ダンジョンマスター殿、報告があるのだが。今よろしいか?」


 突如として繋げられた映像付きの通信。ホログラムに映っていたのは、一月前王国奇襲軍の撃退に協力した女騎士。エルザ・クラン女男爵。なぜか彼女がスラム民とともに開拓村へやってきたのだ。いや、まぁ、こちらとリーゼロッテが協力関係にある。という話を聞いて、ならばわたしも協力せねばなるまい、とこちらへ来た。というのは分かる、分かるんだけど……。

 だが確か彼女、クラン女男爵は城塞都市エィルの代官も兼任している、と聞いている。いくら都市長がいて、実質的なお飾りだとしても、代官がいなくなるというのは問題だと思うのだが……。

 そんな心配をしてると、当の本人は――。


 ――はははっ、所詮あたしは姫さまの代わりにハンコを押す係だからね。いなくともあんまり問題はないのさ。


 ……いや、大有りでは? と、考えた俺は間違ってない筈。下手したら都市運営が麻痺する可能性すらあると思うんだけど……。

 なんて心配は杞憂だったようで、4、5日に一回都市へ帰って決済を行っているようだ。それに、緊急の時は自身の騎乗馬で急いで帰っているのを確認している。


「うん? どうしたんだ、マスター?」


 俺から返事が来ないことに訝んだクラン女男爵が問いかけてきた。いかんいかん、つい考えすぎていたようだ。


「あ、あぁ。すまない。少し考え事を……」

「そうか、ならば良いが。それで、報告して良いのか?」

「あぁ、よろしくお願いする」


 正直、俺は最初彼女のことを誤解していた。というのも、はじめに見たあの大暴れっぷりから、一種の脳筋か。などと失礼なことを考えていたわけだ。


「それでは報告だが、まず公国内の各都市から今もなお、少なくない数の避難民がこちらへと移動している。特に近隣のマージュ、イング両都市からが多いことを確認している」

「なるほど、それで開拓村での受け入れは可能か?」

「問題ない。さきに避難してきたマージュ市民の殆どが各種職人だったこともあって、急ピッチで村が拡大してるからね。むしろ、規模的には既に町だよ」


 ……このように、村の運営など内政面を問題なく回している。それこそ、今までの開拓村の村長が相談役として、実質的な領主として差配していると言って差し支えないほどだ。流石、若くして貴族としての男爵の爵位を得ているだけあるということか。

 ちなみに前ほど話題に上がった2つの都市。マージュはエィルの北東に位置する鉱山都市で、鉄鉱石を産出。それを精錬し加工――主に武具を製造――している。その他にも色々な技術者や職人が在籍していることから、職人の街という側面も持つ。

 そしてイングは公国中央に属し、交通の要衝。ならびに物流の拠点として物資の集積所という意味合いも持った特殊な都市。首都アルデンを政務の中心とするならイングは経済、流通の中心地と考えるべきだろう。


 そう、イングは経済、流通の中心地。これが二つ目の理由。人、物が集まるということは情報も集まるということ。

 実際、イングからこちらへ避難してきた人間の中には情報通、というより情報自体を売り物としている情報屋も少なからずいた。その情報屋から保護する見返りとして今回の情報がもたらされた。

 もちろん、彼らの情報を盲信するつもりはなく、こちらでも情報の確度を精査済みだ。その結果、実際に王国軍が一時期占領した地域から撤退しているのは確かであり、首都の西側。ちょうどこちらが攻め上がる位置を防衛強化しているのも確認された。

 ……正直、王国が占領地の一部とは言え躊躇なく解放したのは予想外だった。


「運が良いこと……。いや、こちらのことを警戒したか?」


 あちらが首都以外の占領地を早々に解放したことでこちらが放とうとした流言。モンスターの活性化と王国に大義がないことを喧伝することが出来なくなった。

 むろん、流言を行うことは可能。だが、想定と同じ効果を発揮することはできないだろう。なにしろ、王国軍が撤退した後の土地で、王国軍のせいで――などと言ったところで説得力がない。むしろ、王国奇襲軍すべてがレクス・ランドティアの息がかかるところへ集結したことで規律がしっかりしてきている。


「やれやれ……。嫌になるね」

「何がだ、マスター?」

「なに、敵は有能よりも無能な方が助かる、って話だよ」


 どうにも件の王太子殿下、占領地で無法をやるような無能ではなかったらしい。ただ、若いということで舐められていたのか、遠方の占領地。今回で言えばマージュ、イングで王国兵の一部が略奪などを行っていたようで、綱紀粛正として兵へ厳罰――最大で処刑を行い、見せしめならびに公国民への喧伝、プロパガンダとしたようだ。

 まったく、手強いことだ。


「リーゼロッテと戦場で相対したくないが、ランドティア王太子もまた然り、だなぁ」


 むしろ、個の武勇でない分、さらに厄介だと言える。やっこさん、こちらと戦っている後方で平然と調略や妨害工作を行ってきそうだ。


「敵を知り、己を知ればと言うが。これからどうするべきか……」


 俺は今後の戦略を考え、頭を痛めるのだった。

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