第56話 荒木秀吉、という男

 王国の残党兵が匪賊になる、という俺の心配は杞憂に終わった。それほどにあの女騎士。エルザ・クランの武威は凄まじかった。


 ホログラムの先、森林地帯にひろがる凄惨な、かつて命だったものが散らばり、赤く染まる大地。

 まだルードたち、我が配下たるゴブリンたちが屠ったものたちの方が、人道的な姿をしている。もっとも、死体に人道も非人道もないような気もするが……。

 それとともに密かにサンドゴーレムへ伝えていた指令も問題なく達成出来ていたようだ。

 その指令とは――。


「や、やめ――。俺は男な――」

「い、やだっ。やだ……!」


 それは、秘密裏に王国残党兵を捕らえること。

 いままでファラやアランがゴブリンの仔を産んでいた訳だが、あれらの子供を雑兵として使うわけにもいかない。

 と、言うのも彼女らが開拓村へ移ったこと。そして開拓村の女性とゴブリンのカップルがどんどん誕生している以上、今後開拓村で産まれるゴブリンに関して両親が愛着を持つ可能性は十分ある。

 そんな子供たちを雑兵として使い、多く死なせてしまえば全体の士気。特にダンジョンの支柱となり得る開拓村の士気が下がるのは今後のことを考えるとあまりよろしくない。

 村の住人との信頼関係が崩れれば足元が揺らぐのは当たり前。最悪の場合、女たちに絆されたゴブリンたちによる反乱。などという笑えない事態が起きることすらあり得る。

 それを抑止するためにも、村で産まれるゴブリンは幹部候補。――とはいえ、高い地位を与える訳じゃなく、どちらかと言えば軍で言うところの下士官ぐらいの地位に据えるのが理想だろう。


 しかし、そうすると雑兵をどうするべきか。下士官だけ増えて、彼らの部下がいない。というのは健全な状態じゃない。

 と、言うわけでそれを解消するために使するのが、この王国残党兵というわけだ。

 幸いにしてと言って良いのかは別として、兵士の多くがダンジョンの範囲内でエルザやルゥに討たれたことでDPに余裕が出てきている。

 それを兵士の性転換費用に充てればあら不思議。雑兵としてのゴブリンを増やす仕組みが出来上がり、というわけだ。

 もちろん、これだけじゃまだまだ数が不足しているから今後も増やす必要がある。そういう意味では、王国がこちらを攻めてきたのは僥倖とも言えた。

 なにせ、向こうから貢ぎ物を持ってきてくれているに等しい。こちらはそれをして使用してる、というわけだ。

 しかも、それらに基本的人権、などというものを気にする必要がないことが素晴らしい。

 この世界では未だ人権、という概念が未発達というのもあるが――。


「あっ、やめ――いぎっ!」

「ん、ぐっ……! あ、ぁっ――」


 ――こいつらは存在しない人間だ。

 なにせ、ここにいるのは女だけ。など、1人もいない。攻め込んできた兵士に少し、似ているかもしれないが、な。

 もし、妄想たくましい人間がいたら、にたどり着けるかもしれない。が、それだってこちらがすっとぼければそれまでだ。

 そもそも、こちらはダンジョンであちらは国家。現状で言えば敵対勢力なのだから、査察などというのはあり得ない。……まぁ、公国解放後については、まだまだ分からない。というのが本音だ。

 なんと言ってもこちらの目標は公国や帝国との経済的な結びつき。可能であれば防衛協定までを含めた同盟だ。


 そうなってくると最終的に外交官を内部へ引き入れることもあるだろう。もちろん、彼ら彼女らを傷つけないこと前提で、だ。

 そんな時に、自国民がそういった状態であれば、同盟以前に敵対。それこそ、宣戦布告されても文句は言えまい。

 その時のために、何らかの策は必要だろう。あるいは完全にDPに依存した体制に切り替える、などと言った方策が。

 ……もしくは、かつてルードヘ語ったように。モンスター、ゴブリンを中心とした軍を組織する。ま、ゴブリンに拘る必要はないだろう。

 それこそコボルトでも、スライムでも問題ない。きちんとした指揮統制と規律があれば。

 しかし、そうなるともはやダンジョンではなく、モンスターの軍隊。魔軍、という名は味気ないか。ならば、ある意味テンプレだが魔王軍だろうか。

 と、言うことは俺が魔王になるのだろうか? ……いや、なるんだろうな。


「魔王、ねぇ……」


 確かに今の俺は、人間相手に同族意識というのが欠如している。そも、あの世界。しかも、現代の常識で言えば殺人など忌避すべきものだ。

 だが、今の俺にそんな感情、感傷すらもない。精々人間資源を有効活用しよう、と考える程度。確かに人的資源などという言葉もあるが、そういう意味ではなかった筈だ。

 こういう思考をなんというのだったか……。そう、確かサイコパスか。


「だけど、そういうのとも違う気がするんだがなぁ」


 別にやつらが苦しむ様を見ても快楽を感じる訳じゃない。ただ必要だからしている、言わば義務感だ。ダンジョンを育てる、ルードたち配下を守る、といった感じに。


「もしかして俺はダンジョンマスターという種族、なのか?」


 種族が違うのであれば同族意識が芽生える筈もない。そも、人間としての荒木秀吉と、ダンジョンマスターとしての荒木秀吉の記憶に連続性があるからややこしいんだ。

 それに1つ疑問がある。それは――。


荒木秀吉という人間は死んだのか?」


 俺は荒木秀吉という存在が死んだ、ということを知覚していない。だが、その認識は本当に正しいのか?


「我思う、故に我あり。という言葉もあるが……」


 たとえ自身のことを疑えない、と嘯いたところで――。


「それ以前に、自身が正気だという保証がどこにある? 誰がそれを保証する?」


 ……いや、今ここで考えたところで答えはでないだろう。今はそれよりも――。


「俺が人なのか、そうじゃないのか。そんなことは些事だ。それよりも、今はダンジョンを優先しなければ」


 結局のところ、今の俺とダンジョンは一蓮托生なんだ。ならば、今は生き残る術を。ダンジョンを拡張し、少しでも生き残る可能性を高めなければ。

 俺が何者か、などという考えはそれが終わった後に考えても遅くない、筈だ。

 ……たとえ、これが先延ばし。現実逃避的な考えであったとしても……。


 今はただ、生き残るために。

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