第55話 武功の家柄

 ルゥと女騎士、2人が無双を見せていたあの後。俺はルードたちに加勢するよう命令を出そうとしたのだが……。


「う、うわぁぁぁ…………!!」


 ついに恐慌状態が限界へ達したのか、王国兵たちが蜘蛛の子を散らすようバラバラと逃げ出していく。これならルードたちに命令しなくとも――いや、まずい!

 このまま逃げ去った兵たちが周囲の森に潜伏して、山賊になろうものなら……!


 今後の活動に支障が出るのは明白。むろん、ここで殺し尽くしてしまえば問題ない。しかし――。


「どう考えても手数が足りんぞ……!」


 ゴブリンアーチャーたちを避難させたのが裏目に出た。このままでは……!

 いや、今はともかく1人でも多く討ち取るべきだ。俺は急いでルードヘ通信を繋ぐ。


「ルード、聞こえるか!」

「へ、へいっ。どうなされやした、マスター」

「今すぐお前らも追討に参加しろ! このまま王国兵が匪賊ひぞくにでもなられたら開拓村の危機だ!」


 どうしても焦りから、甲高い声になってしまう。しかし、それが逆に功を奏したのか、ルードの目に真剣身が帯びた。

 なにしろ開拓村にはあいつの妻、ファラがいる。それだけじゃない。セラだってそうだし、何より彼女は傭兵団が襲撃してきた時に殺されかけている。

 もし、今回の王国兵が匪賊になれば、最悪その焼き直しになる可能性が高い。そして、その時。彼女の命が無事かどうかは……。


 その程度のこと、ルードが分からない筈もなく。だからこそ、真剣身を帯びた表情となった。

 幸い、と言う訳じゃないがもともと壁兼囮役とする筈だったサンドゴーレムの転送準備は完了している。


「今からサンドゴーレムをそちらへ送る。うまく使え」

「了解でさぁ!」


 ルードから力強い言葉が返る。とりあえず、士気と言う意味では大丈夫だろう。ここはルードに任せるしかない。が、それでも俺にもできることはある。それを成すとしよう。






 マスターとの通信を終えたあっしは、即座に部下たちへ号令をかける。


「マクス、ベルク聞いてやしたね! 行くぞぉ!」

「「おうっ!」」


 あいつらも……、と言ってもベルクは正確には違いやすが、開拓村に嫁がいる身。禍根を残すわけにはいきやせん。

 相棒、コマンドウルフの腹を軽く蹴って合図を送りやす。相棒も待ってました、と言わんばかりに軽やかに飛び出しやす。当然です、何だかんだで相棒もファラに懐いてやしたから。

 それが危機的状況になるかもってんです。奮起しない理由がありやせん。


「お二人さん。今さらですが加勢しやす!」


 あっしたちが戦場へ躍り出たことに、ルゥ殿はともかく、女騎士の方は驚いてやした。


「ゴブリン……、喋るのか!」


 そう驚きながらも槍を振るう腕は止まりやせん。良い戦士、なのは間違いないようです。


「おっそーい、みんな! ……彼らは味方だよ、クラン卿!」


 ……卿? あの女騎士。どうやら貴族さまなようです。アリア殿は傭兵だった、とのことですが、彼女は正規の騎士ということでしょうか?

 いえ、今はそれより……。


「ともかく、今はやつらを討たねぇと! ここで逃げられたら厄介なことになる!」


 あっしの言葉に開拓村のことを思い出したんでしょう。ルゥ殿の顔が強張ります。


「……っ! それも、そうだ、ね!」


 それでも剣さばきが鈍らないのは流石。今も兵士を切り捨ててるわけですし。これは負けてられねぇ。


「負けられねぇですな! マクス、ベルク。一気に仕掛けますよ!」

「おっしゃあ! お頭、行こうぜぇ!」

「……討つ!」


 あっしの号令とともに2人は飛び出していきやした。相も変わらず、頼もしいやつらですよ。

 それに今回、あっしの部下はこの頼もしい二人だけじゃなくて――。



 ――逃げまどう兵士たちの足元がごごご、という地鳴りとともに隆起する。足元がぐらついた兵士たちは転ばないように足を止めて踏ん張ったり、座り込んだりする。

 これで問題ない。足を止めた時点で兵士たちの命運は完全に決まっちまいました。


 足元が爆発、が舞う。その砂塵が兵士たちを覆い尽くし、姿を隠す。いや、包み込む。というのが正しい表現ですやね。


 唐突な異常事態に仲間の兵士たちは元より、ルゥ殿たちまで唖然として固まっちまってます。その間にも、砂塵、いえ覆い尽くした砂からボキン、ゴキンとなにか――骨を砕く音が聞こえます。

 当然です、これはただの砂なんかじゃない。マスターに預けられたサンドゴーレムなんですから。










「な、なんでこんなところにサンドゴーレムなんて出るんだよぉ! 場違いにもほどがあるだろぉ!」


 あたしは不覚にも敵である筈の王国兵の絶叫に、同意しそうになってしまった。いや、本音を言えば完全に同意している。

 横では、ともに王国兵を屠っていたルゥ殿が驚きで目を真ん丸にしている。そんな状態でも、最低限周囲の警戒出来ているのは、流石と言う他ない。

 そもそもサンドゴーレムは砂漠や砂丘など、当たり前だが砂が多くある場所に生息している。とてもじゃないが森林地帯に出てくるモンスターじゃない。

 しゃべるゴブリンに続き、予想外のことばかりが起こる。いつからアルデン公国は生態系が狂った魔境になったのだろうか。少なくとも、姫さまとともに行動していた時は普通だった筈、なのだが……。


 いや、そんなことを考えるのは後だ。今、あたしが出来るのは、後々公国民の脅威になるだろう兵たちを駆逐すること。

 正直、王国兵の運のなさには同情するし、不憫に思う。が、それとこれとは話が別。あたしたちが守るべき民の脅威になり得る障害はなにがあっても排除する。


 あたしは手に持った槍をぎゅ、と握り締め感覚を確かめる。そして、それをくるくる、と頭上でまわす。

 くるくる、くるくる、と少しづつ回転速度があがっていく。足元の草がざぁざぁ、と揺れる。

 あたしは姫さまやアリアさんと違って魔法が使えない。これはあたしが特別、ということじゃなくてクラン伯爵家の直系が代々受け継いでいるものだ。……これを受け継いでいる、と言うのはちょっと違うような気もするけど。

 だけど、その代わり。あたしたちの家系は、他の家とは隔絶するほどの身体能力を持つ。他の家系が魔法や魔力で身体能力を強化で発揮できる値を素の状態でだせる、といえば出鱈目具合が分かるだろう。だから、アルデン公国においてクラン伯爵家は武門の家柄として有名だ。


 それもこれも、クラン伯爵家の伝承に由来する。

 ……現在でこそ、平民でも魔法を使えるがクラン伯爵家が興った頃。その頃は貴族しか魔法を扱えなかった、と言われている。

 そう、クラン家は魔法を扱えなかった。それはすなわち、平民の出であるということ。もともとあたしの家系は成り上がりの家なのだ。

 はじめは騎士爵に始まり、子爵、男爵として位をあげ現在の伯爵へ。武功を以て成り上がった家。それこそが貴族としてのクラン家だ。


 そしてあたしはエルザ・クラン。自身で言うにはこそばゆいがクラン家ででも特に武に秀でた、とまで評された騎士だ。

 だからこそ、公王陛下に女だてらに分家を興すことを許された。嫡子、男系相続の公国で、だ。

 そんなことを考えている合間にも槍の回転はあがり、周囲に暴風が吹き荒れる。これがあたしの武。ただの身体能力だけで魔法と言う奇跡を再現できる。

 暴風が意志ある刃として王国兵へ襲いかかる。


「ひ、ぎゃ……!」


 運の悪い兵士が暴風の刃に切り刻まれた。身体の半ばまで切り裂かれ、どぷ、と鮮血が吐き出される。びちゃ、びちゃ、と吐き出された鮮血が撒き散らされ地面を赤く染められた。


「まだだっ!」


 倒すべき、討つべき敵はまだまだいる。やつらを殺し尽くす、または無力化するまで容赦するわけにはいかない!

 敵を殺し尽くすことで我ら公国の民が安全になる、と言うのならあたしはどこまでも非情になろう。たとえ悪魔と、化物と呼ばれようともだ。

 あたしは、あたしの決意どおりに武を振るおう。


 ……まぁ、あたしがそんな決意をしなくともほどなく敗残兵は壊滅した。なにせ、あたしだけじゃなくしゃべるゴブリンに、何より諸部族連合でも有数の武名を誇るルゥ殿までいたのだから。

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