第54話 因縁の始まり

 エィル近郊でアルデン侵攻軍がルゥとエルザに蹂躙されている頃――。


 ――アルデン公国首都、アルデン。


 その中心地にある王城で1人の青年が考えに耽っていた。


「首都陥落までは順調。それはよかったのですが……」


 透き通るような金糸の髪を揺らし、悩みながら身体を揺らす。ぎぃ、という音が鳴り、身を預けていた椅子が軋む。

 彼が座する部屋。見事な、しかし下品なきらびやかさはない落ち着いた調度品が置かれている。おそらくは王族の私室、あるいは執務室なのかもしれない。

 その部屋を接収し、彼は1人思案に明け暮れていた。


 ――彼の名はレクス。レクス・ランドティア。今回のアルデン侵攻、その総司令官であり、同時にランドティア王国の後継者、王太子であった。


「……ですが、豪腕のグレッグが未帰還。兵たちの間では姫騎士に討ち取られたのでは、などという噂まで流れる始末」


 頭が痛い、とばかりにズキズキと痛むこめかみをおさえる。ただの噂だ、と一蹴できれば楽だったのだが……。


「それをするには、かの姫騎士。武勇伝が凄まじすぎますからね……」


 やれやれ、と頭を振る。否定するには近隣、というより大陸にリーゼロッテの武勇伝が轟きすぎていた。それこそ、伝承。お伽噺に伝わる魔王を討伐した勇者のごとく。


「まったく……。アルデンがかつてのままであればこのような苦悩、抱える必要なかったものの……」


 。レクス・ランドティアがそんな言葉を紡ぐのにも、当然理由がある。

 現在でこそ、ランドティア王国奇襲軍が占領している領地。それはかつて王国の慣習的領土だった。


 ――ランドティア王国アルデン侯爵領。それがランドティア王国における、アルデン公国の名称。すなわち、アルデン公国、いやアルデンとは元々ランドティア王国の一貴族にすぎなかった。


 そもそもこのアルデン公国。成り立ちからして特殊な、特殊すぎる事情があった。

 まず始めに、現在のアルデン公国。この地は元々大森林。アルデン大森林と呼ばれる森林地帯であった。そんな未開の地を開拓したのが初代アルデン侯爵。

 だが、アルデン大森林のすべてが開拓されたわけではない。その残滓の1つが開拓村が設置された森林であり帝国との国境であった。


 そしてさらにややこしくするのが初代アルデン侯爵。この侯爵閣下、実は女性であり女侯爵。しかも、当時ランドティア、という国名になる前の王国。その国の公爵令嬢にして王太子の婚約者だった。

 ……婚約者だったのだが、紆余曲折のうち婚約破棄。彼女は辺境の地、アルデン大森林へ飛ばされた。――というのが王国で教えられている歴史であるが。実はこの話、裏がある。


 公爵令嬢が婚約破棄されたのも本当、辺境の地へ飛ばされたのも本当の話ではあるのだが、問題は……。

 その婚約破棄を仕掛けるための裏工作をしたのが公爵令嬢本人であり、彼女の後釜として婚約者となったのは腹違いの妹。しかも当人は自身の出自を知らず、庶民として育てられたいわゆる落胤だった。

 ……さらにひどいのが、公爵令嬢と王太子。ついでに腹違いの妹の仲は良好で、ことさら婚約破棄をするべき理由がないのだが、何を思ったのか公爵令嬢は妹を王室へ嫁がせるため暗躍。最終的に成功させてしまう。成功させてしまうのだが、ここに来て両者の仲が良好であることがあだとなった。

 確かに王太子と腹違いの妹は婚約から最終的に夫婦となった。が、そもそも2人して公爵令嬢に対して並々ならぬ感情を抱えていたのが災いし、結託して彼女を手に入れようとし、それもまた成功してしまった。

 なんと王太子と妹は公爵令嬢を愛人、という立場に囲ってしまったのだ。


 この時点で既に頭が痛くなる大問題なのだが、さらに追い討ちとして王妃としての妹、愛人としての姉。双方が子供を、しかも同時期に授かった――しかも公爵令嬢は、表向きお相手がいないにも拘わらずに――ということ。

 もちろん、このことに関係者――王太子と妹――を大いに慌てさせた。何せ、本来公爵令嬢の姉の方が落胤の妹より立場が上なのだ。しかも婚約破棄した筈の男の胤で子を産んだ、というのがさらに事態をややこしくさせた。


 まだ子を産んだ時点では、世間にバレていない。が、それも時間の問題。それの解決のための苦肉の策。それが公爵令嬢に分家を起こさせ、辺境へ下向させるというもの。これがアルデン侯爵家、後のアルデン公国の起こりである。

 つまりランドティア王家とアルデン侯爵家。すなわちアルデン公王家はもとは同じ血が流れる縁戚。王位継承権が発生するような権威ある家だった。

 それでも王太子と妹、公爵令嬢が存命のうちはまだよかった。このようなことがあっても仲が拗れることなく、昵懇だったのだから。

 しかし、当事者たちの死後。緩やかに、だが確実に関係は悪化の一途を辿っていった。それに拍車をかけたのがアルデン大森林を開拓していった結果、存在が確認された帝国。ルシオン帝国の存在だった。


 もちろん、3人が存命の時点でルシオン帝国の存在は認知されていた。しかし、3人の絆の強さの前ではさしもの帝国でも付け入る隙がなかった。が、死後は別の話。

 そもそも個人的友誼で保っていた関係だけに他国が楔を打つのに苦労はなかった。そうして楔を打った帝国であるが、王国もこれが自国を疲弊させる策略であることぐらいは理解していた。

 しかし理解していても感情は別。完全に一致団結するのは不可能、と早々に判断した両家は次善の策として、アルデン侯爵領を属国として独立させる。

 これがアルデン公国の成り立ちである。


 その後、アルデン公国が成立して500年余り。王国、帝国との緩衝地として双方の血を取り込んだアルデンが宗主国であった筈の王国と疎遠になるのは必然であり、それに危機感を抱いた王国が行動を起こすのもまた必然であった。





 帝国との国境付近、重要な要衝となる城塞都市エィルへの斥候から報告を待っていたレクス・ランドティアであったが――。


「……伝令!」

「何事か」


 部屋外から響く切羽詰まった声。ただ事ではない、と理解したレクスは報告を促す。しかし、次の言葉を聞いて頭を抱える事態となってしまった。


「……エィル斥候隊に甚大な被害! 敵は公国残党、ならびにエルフが加わっていたとのこと!」

「……そう、ですか。欲張りすぎた、ということですね。色々な意味で」


 一息、深呼吸して、なんとかそう吐き出す。でなければ伝令を持ってきた兵士へ罵詈雑言を投げ掛けてしまいかねなかった。

 頭の中ではなぜエルフが。甚大な被害とはどれほどの被害が出ているのか。などという考えがぐるぐる回っていた。

 そして考えた結果、1つの決断を下す。


「各地へ派遣した兵たちを退かせなさい。首都アルデンにて防衛に専念します」


 苦渋の決断ではある。だが、奇襲軍は奇襲戦術のため進軍速度を優先し、その結果兵力はお察し。そもそも、本国から後詰めを出すこと前提の策。

 ゆえに、この破綻した現状。本国からの援軍をもって盤面を仕切り直そうとしたのだった。

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