第52話 エルザ・クランという女男爵
あたしの名前はエルザ。エルザ・クラン。畏れ多くも公王陛下より、男爵の位を拝命している。そんなあたしはあの娘、というと失敬か。アルデン公国公女、姫騎士-リーゼロッテ・アルデン率いる騎士団。その中の半独立部隊となる騎兵隊長の任に就いている。
……正直、あたしは隊長なんて柄じゃない。それでもあたしが隊長の任に就いてるのは、ある意味縁故。
なぜ、そうなったのかあたしにも分からないけど、あの娘。リーゼとあたしは俗に言う幼馴染み、という間柄なの。……本当に、なんでこうなったのかしらね?
「都市長、お呼びと聞きましたが?」
これまでも何度かあった、エィル都市長の呼び出し。こういうのは大抵何らかの問題があって人手が足りず、あたしたち騎士団の力を借りたい、というときの話だ。
これまでも何度かあったこと。今回も傭兵崩れの山賊あたりが現れた。なんて、予想をしてたのに――。
「えぇ、実は先ほど近隣の都市から早馬が来まして……。クラン女男爵、落ち着いて聞いていただきたい。我らが首都、アルデンが卑劣なるランドティア王国の奇襲によって陥落。公王陛下はじめ一族の皆様方生死不明、とのことです」
「……そんな、うそ――」
あまりに現実離れした報告に頭が真っ白になった。なんで、どうして……?
あの娘、リーゼが生死不明? そんなこと、あるわけが――。
「……くっ!」
ぎり、と歯を食いしばる。そんなこと、ある筈がない。あの娘の強さは誰よりもあたしがよく知ってる。
どんな絶望的な状況でも団員を鼓舞し、戦い抜いたあの娘を。どんな強敵だろうと、決して諦めず立ち向かっていったあの娘を。
そのあの娘が死んだかもしれない、などということ信じられるわけがない!
あたしはいても立ってもいられず、部屋を飛び出そうと――。
「お待ちなさい!」
「……都市長?」
普段声を荒げることのない彼の怒鳴り声にビックリして、肩を震わせてしまう。本来、無辜の民を守る騎士がとるべきではない失態に恥ずかしくなる。
だけど、彼の怒鳴り声で幾分か頭が冷えた。恥ずかしさから少し頬が赤く染まっているだろうことに気付かれないよう、毅然な態度をとって都市長を見る。
「落ち着かれましたか?」
「ええ、とっても」
都市長の心配する言葉に、あたしは内心の恥ずかしさや情けなさを悟られぬよう茶化して答えた。
そうだ、あの娘が簡単にやられるわけがない。あくまで都市長にもたらされたのは初報。あの娘やアリアさんのことで続報が来る可能性は十分ある。
なら、今あたしがするべきこと。それは――。
「ともかく、今はこちらの部隊も即応できるよう待機させておきます。……それで良いんですね?」
「ええ、それに。もともと、私たちにあなた方を指示する権限などありませんから」
真面目くさった顔でうそぶく都市長。思ってもいないことを……。姫さまと――もしかしたら、公王陛下なのかもだけど――どんな密約を交わしているのか知らないけど。
都市内に用意されたあたしたち専用の兵舎。隊長格、あたしや姫さま、アリアには専用の屋敷まで用意している至れり尽くせりさ。
明らかにこの都市はあたしたちが駐留することが前提にされている。それなのに権限がない、というのはあまりに不自然。
まぁ、公王陛下にもなんらかの深謀遠慮がある、と考えるのが自然だと思う。あるいは……。
「どうしましたクラン女男爵?」
都市長から話しかけられ、ハッとなる。どうやら考えすぎて自分の世界へ入り込んでたみたいだ。気を付けないと。
「い、いえ。別に――」
あたしの話を遮るように扉が叩かれる。
「都市長、ご歓談中申し訳ありません。お客さまが来られました」
「おやおや、来客の予定はなかった筈ですが?」
来客? こんな時に――。
「それが、諸部族連合から急使が」
「――なるほど、会いましょう。済みませんがクラン女男爵」
「ええ、分かりました」
国外からの正式な使者との会談に部外者。しかも、たかが騎士団の部隊長クラスが同席するわけにもいかない。
あたしは都市長に促されるまま、部屋を出る。そのまま自身の屋敷へ帰ろう、と踵を返した時。
――美しい銀糸の髪。スラリ、とした世の女性が羨む肢体。紺と白の麗しいドレスを身にまとったエルフの女性。
思わず見惚れてしまった。そして、彼女の姿は見覚えがあった。何度か公王陛下の居城へ訪れていた外交官。確か、諸部族連合のリィナどの。
その彼女が怜悧な顔をふっ、と崩して微笑みあたしへ話しかけてきた。
「あら、あなたは……。確か、クラン
そういえば、お父様が何度か彼女について話していた気がする。
「え、ええ。娘のエルザ・クランと申します。卑しくも公王陛下から男爵位を拝命しております」
なんとか気を取り直して、恭しく頭を下げ挨拶を申し上げる。あたしの挨拶に、リィナどのはビックリしていた。
「これは失礼しました。まさか、個人で爵位を拝命しておられるとは……。よほど陛下はあなたに期待されてるのですね」
「そのようなことは……」
これは称賛されているのだろうか? それともただの社交辞令か。まぁ、どちらにせよ公王陛下に期待されてる、というのは過大評価だろう。
「お姉ぇ、急にどうしたの? いくら公国の内とはいっても無用心――へぇ」
リィナどのの後ろからぴょこ、と顔を出したエルフの女性。桃色の髪を揺らして天真爛漫な顔を見せ、たわわに実った胸が映えるようなワンピース調の戦闘服を着ている。
彼女はあたしを見ると、にやり、と挑戦的な笑みを浮かべた。
「わたくしはルゥ、と申します。名高き
どこか芝居がかった仕草で挨拶してきたルゥと名乗った女性。しかし槍男爵、か……。
その異名を聞いて誇らしいような、恥ずかしいような複雑な感情を抱いてしまう。
「……ルゥ、槍男爵とはなに?」
リィナどのはどうやら異名を知らなかったらしい。そんな彼女へルゥどのは説明するため口を開いた。
「そっか、お姉ぇは知らなかったんだ。公国には槍の腕前だけで爵位をもぎ取った女傑がいる、って評判だよ。で、それを表すように付けられた異名が槍男爵。流石は姫騎士を擁する武の国家、てとこだよね」
どこか憧れを感じさせる声色で言葉を紡ぐ。それに槍男爵の異名は武官の間でまことしやかに囁かれる噂話の類いなのだから、彼女もそれなりの力を持つ騎士なのかもしれない。
「それよりもお姉ぇ、ここで話し込んでると……」
「それもそうね。では、失礼させていただきますね。クラン女男爵」
「こちらこそ、失礼いたしました。では、またいつか。リィナ外交官、ルゥ――」
そこで詰まったあたしをフォローするように、ルゥどのが口を開く。
「あっ、そっか。ごめんごめん、ルゥはお姉ぇ、リィナ外交官の護衛武官だよ」
「そうでしたか、失礼しました。では、ルゥ護衛武官。また会えるときを楽しみにしております」
と、いう半ば社交辞令じみた挨拶でお二方と別れることとなった。
……まさか、その再会がすぐ訪れるなんて、この時のあたしは思っても見なかったけど、ね。
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