第51話 騎兵隊長のエルザ
「次から次になんなんだ……!」
ダンジョンコア越しに現場の戦闘を見ていた俺は、ガンガン、と頭が痛くなってくる。
ルゥ、エルフ姉妹の妹の暴走にはじまり、今度は紺と緑の鎧を着た女騎士の乱入。
いったい何事なのか、頭が痛くなるのは当然だ。
「……ん?」
よく見ると、あの女騎士の後ろから兵士たちが続々と姿を現している。もしかして――。
「エィルの兵士たちか!」
どうやらセラは上手く話を纏めたらしい。しかし、どうにも気になる。
緑色の髪を黒いリボンを使いポニーテールにまとめ、背中にカイトシールドを背負って、槍を突きだし騎乗馬ごとランスチャージを敢行している女騎士。
先ほど、映像が拾った音声では姫さまの――、なんて言っていたが……。
その時、ふとセラが言っていたことを思い出す。あそこには姫騎士どの。リーゼロッテの騎士団が使用していた兵舎が存在する、と。
それに女騎士であり、リーゼロッテのことを心酔している様子。それらを加味すると、ちょっと単純な考えかもしれないが……。
「彼女の騎士団所属の騎士か……!」
そう言えば彼女の騎士団について詳しく聞いたことがなかった。敵対しない以上必要ないことに加え、最悪首都の奇襲戦で壊滅している、と考えていたからだ。
しかし、こうなれば話は別。色々と話を聞く必要がある。
「ハンス、アランを連れてきてくれ」
俺は通信でハンスに、そう告げたのだった。
それから、時を待たずしてハンスはアランを連れてきた。彼、いや、彼女は以前あった時より、僅かに腹が膨らんでいるように見える。どうやら、問題なく女としての機能が使えるようだ。それが分かっただけでも今回の呼び出しは益があった。が、本題はそこじゃない。
「さて、よく来てくれたアラン」
「は、はいっ! ダンジョンマスターさま!」
緊張でガチガチになってるのか、背筋をピン、と伸ばし返事をしてくる。そんなこと、別に求めてないのだがな……。
それはともかく、じぃ、とアランを観察する。見つめられたアランは恥ずかしそうに身動ぎしている。……どうやら、精神的に壊れている、などということもないようだ。
身体を女に無理矢理変えられて、なおかつモンスター。ゴブリンに子供を仕込まれんだから、最悪精神崩壊していてもおかしくない。と、考えていたのだが、まぁ、問題がないことに越したことはない。
「今回、お前を呼び出したのはひとつ聞きたいこと出来たからだ。……あの女騎士を知っているか?」
ホログラムに写る、いつの間にかエルフ姉妹の妹。ルゥと共闘し、鬼気迫る様子で騎乗馬が兵士を踏み潰し、長槍で辺りを薙ぎ払い、雑兵を吹き飛ばしている女騎士を指し示す。
その姿を見たアランは最初口をあんぐりと開けていた。が、すぐに正気へ戻ると早口で捲し立てる。
「あ、あれは……! エルザさま、エルザさまです! リーゼロッテ姫殿下麾下の騎士団。その騎兵隊の隊長の!」
「……騎兵隊の?」
リーゼロッテの騎士団所属だということは予想済み。騎兵だというのも見れば分かる。しかし、リーゼロッテ。というよりアルデン公国の騎士団は兵科を統一していなかったのか?
歩兵と弓兵を同じ騎士団に混ぜるのは分かる。2つの兵科であれば進軍速度も、機動力も変わらず連携も取りやすいだろう。しかし、歩兵と騎兵であれば話は別だ。機動力が違いすぎてまともに連携が取れないし、最悪騎兵隊の持ち味である機動による突撃の旨味が消えてしまう。
もちろん、きちんと指揮を執り動かすことが出来れば問題ない。だが、それをするくらいなら最初から別の騎士団。歩兵と騎兵の騎士団に分けた方が管理も楽だし、何より数を用意できる。
例えば騎士団の定員が100名だとして、盾役の歩兵が50、騎兵が20、弓兵が30などとするよりも2つの100名定員の騎士団。騎馬が100が1つと歩兵50、弓兵50の騎士団。という場合、前者よりも後者の方が戦力の数、という意味でもそうだし、騎兵隊の突破力という意味でも良い筈。
それに中途半端に2つの兵科をまとめると、余計に予算を食うという側面もある。……いや、待てよ?
「……もしかして、
一人納得する俺に、アランはこてん、と首をかしげている。
以前、アランはリーゼロッテ率いる騎士団を少数精鋭、だと語っていた。その時はなんとも思っていなかった。というより、リーゼロッテの護衛という意味で選抜していたのか、と考えていた。
しかし姫騎士としてのリーゼロッテの実力、さらにアリアの実力を考えれば護衛、という意味は薄いと思える。
――ならば、どのような意味があったのか?
もしかしたらリーゼロッテの騎士団はエリート――というと、本来騎士自体が本来エリートなのだから語弊がありそうだから言い直すが、1つの側面として。現代で言うところの特殊部隊、その意味合いが強かったのではないだろうか?
つまり、普通の騎士団とは別の役割が求められた。その結果が混成部隊だったのではないか、という予想だ。
もちろん、これは予想でしかなくまったくの的はずれ、という可能性もある。特に俺が知る通りの特殊部隊であるのならば非正規戦。いわゆるゲリラ戦などを行い、場合によっては……。
正直、姫騎士……というよりアルデン公国公女であるリーゼロッテに後ろ暗い行いをさせる、などということは考えづらい。
むしろ、姫騎士のネームバリューを積極的に使うなら、逆に華々しい戦場にて戦果を求めるべきだ。そう考えると――。
「……の、あの! ダンジョンマスターさま!」
「……ん、あ。あぁ」
いかん、考え込んでいた。リーゼロッテの騎士団について、今考える必要なんてなかった筈だ。それでも考えてしまったのは俺の悪い癖だ。
アランのやつがここにいて良かった。このまま考え込んでいたら重要な盤面を逃していた可能性がある。
今の状況なら、ここから逆転されるということはないだろう。それでも危険を犯すべきではない。
「どうやら、考え込みすぎていたようだ。助かったぞ、アラン」
「……は、はいっ!」
俺に感謝を告げられたからか、ふにゃり、と顔を崩して喜んでいる。ここだけ見ると、元公国の兵士であるということも、元男である、ということも忘れてしまいそうだ。
そういえば、ルードがこいつのことを部下の一人。ベルクのお気に入り、だと言っていたな。
「そう言えばアラン」
「は、はひっ。なんでしょうっ!」
「貴様は何かと役に立っているな。もし望むならゴブリンたちの相手はもうしなくても――」
と、言い掛けた時点で明らかに残念そうな顔をしている。これは、不味い、か?
咳払いすることで、ごまかしつつ確認を取る。
「……んんっ。それより、お前もファラは知ってるだろう」
「えっ、あっ、はい。あの娘です、よね? 赤髪の農民の……」
どうやら把握しているようだ。なら――。
「お前にもあいつと同じように身請け話が出ている。知っているか分からないが、ルードの部下のベルク――」
ベルクの名を出した時点で、頬をサクラ色に染め、明らかにアランからの色気が増した。もしかして、こいつ……。
「……あぁ、ともかく、どうする? 貴様の希望に――」
――応えるが。という言葉を発する前に食いぎみに身を乗り出してくる。
「是非、是非、よろしくお願いします!」
その瞳は、ギラギラと欲望に溢れている。マジか、こいつ……。まぁ、開拓村でゴブリンと人間のカップルが誕生してる以上、そういった意味でこだわる必要もなくなったのは確かなんだが……。
「お、おう。分かった……。やつが帰ってきたら、正式に身請けの話をしようか」
「……やった!」
小さい声だけど、間違いなくやった、と言ったぞこいつ。……もしかして、こいつの中にいる子供。それもベルクの仔、だったりするのだろうか?
そんな益体のないことを考えながら、戦いの趨勢をホログラム越しに確認するのだった。
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