第50話 獅子奮迅

 いつの間にかひゅん、ひゅん、と降り注ぐ矢の雨にさらされルゥやお姉ぇたちを狙ってた兵士の数が削られてた。それを見てルゥは逆に好機だと思ったの。

 今、敵方は混乱している。それなら――。

 そう思ったルゥは、トロイホース。シュンライ号の腹を蹴って方向転換させた。


「行くよっ、シュンライ号!」

「ルゥ、あなた。何を……!」


 お姉ぇはルゥの行動が理解できないみたい。それもそっか、お姉ぇはあくまで外交官。魔法が使えても戦う者じゃない。でも、ルゥは違う!


「……はぁぁぁぁぁっ!」


 腰に佩いていたロングソードを抜剣。シュンライ号もルゥに合わせるよう足を速めた!


「ひっ――!」


 雑兵の顔が恐怖で歪むのが見えた。だからこそ、好機――!


 ――衝撃。


 ドカン、という音とともに哀れな雑兵は血反吐を撒き散らして空中へ弾き飛ばされた。

 突然の反撃に反応が追い付いてないのか、他の兵たちは呆然としてる。戦場で呆けるなんて――!


「邪魔……!」


 ――斬!


 手応えあり!

 呆然としてた雑兵の頸をねる。切断された首からぶしゃあ、と血飛沫が上がる。次――!


「う、うわぁぁぁ――――」

「い、やだ……。嫌だぁぁぁっ!」


 雑兵たちにとって、ルゥやお姉ぇ狩られるか弱い存在だったんだろう。想定外の反撃に士気が崩壊、狂乱に陥ってる。……無礼なめるな!


「……意志も、覚悟もないやつが戦場に出るな!」


 ルゥは、あたしたちは命のやり取りをしてるんだ!

 そんな場所に命を掛ける信念も、覚悟もないやつが出てくるんじゃない!


「……あぁぁぁぁっっ――!」


 魔力を操作して、ロングソードに轟々、と暴風を纏わせる。ガサガサ、と草木が激しく揺れた。でも、お前たちはこんなもんじゃすまさない。


「……吹っ飛べ!」


 ロングソードに纏わせていた暴風を解き放つ。無色の暴力に雑兵どもが耐えられる訳もなく、ある者は木の幹へ叩き付けられ、またある者は天高く吹き飛ばされた後地面へと落下、ぐきり、と嫌な音を響かせた。

 辺りは死屍累々の様相、でも後ろにはまだまだ雑兵たちがいる。こいつら、全員仕留める!


「はぁぁぁぁぁっ!」


 あたしは咆哮を上げて、シュンライ号とともに突撃した。









「無茶苦茶だ!」


 横で吹き飛ばされないように跨がっているコマンドウルフの毛皮をむんず、と掴んで踏ん張っていたマクスが叫ぶ。あっしも同感ですよ!

 それよりも部下たち、ゴブリンアーチャーたちは大丈夫なんでしょうね!

 あっしはあいつらがいた木を見る。全員が全員、木の枝に掴まって、なんとか耐えているようだ。死んでないならヨシ! ……なんて言えたらいいんですがね。


「マスター!」

『……なんつー出鱈目だ!』


 マスターの叫び声とともにあいつらがぽぅ、と輝き光の玉になって消えていく。なんでしたっけ? たしか、マスターが言うにはダンジョン内限定の転送? でしたっけか。

 新しく使えるようになってて本当によかったですよ。あいつらが死んじまったらハンスさんに顔向けできませんからね。

 それにあいつらを鍛えるのに少なくないコストが掛かってるんだ。こんな事故みたいなことで失ってたら、ちょっとシャレになりませんて!


 そうこうしてるうちに暴風、風がやんできました。無意識にふぅ、と安堵のため息が出ます。にしても……。


「お頭、あのエルフの妹さん。ルゥ、だっけか? あん人、リーゼロッテやアリアの姐御たちに引けを取らねえ理不尽さだよ、まったく……」


 マクスのぼやきに思わず深く頷きそうになっちまいます。実際に頷いて、それを当人か姉のリィナさんに見られたら間違いなく面倒なことになるので我慢しますが……。

 ところで、さっきから静かですがベルクのやつ。ぶっ飛ばされてないでしょうね?

 あっしが不安になって、振り返るとそこには頬を紅潮させ、鼻息が荒くなってるのを確認します。……そういえば、こいつはこいつで難儀なやつでした。

 というのもこいつ、ベルクは普段寡黙なやつなんですが、強い雌を見つけると興奮する。なんて難儀な性癖持ちでして……。

 どうやらリーゼやアリアの姐さんたちの武技に脳を焼かれた、とでも言えばいいんですかね? あっしとしてもゴブリンとして、それはどうなのか。と、思わなくもないんですが……。


 そのことが原因なのかは分かんないですが、アラン、でしたっけ。女に変えられた公国の兵士。あいつの身請けの話まで出てるようです。

 ベルクの要望を聞いたマスターは顔をひきつらせてましたし、今すぐはできない。とベルクへ言ってましたが。

 まぁ、当然ですね。あれはまだ子を産んでないので孕むのかどうかというもの未知数。そんなのを報奨になんて、できませんし。……本人はそれでも喜んで身請けしそうなのが、なんとも、と言ったところですが……。

 最終的にはマスターも、本人――今回の場合はアラン――が望めば、と予防線を張って了承してました。


 それはともかくとして、敵の足並みが崩れてます。今なら戦果を拡大できる。そう確信したあっしは追撃を、と思ってたんですが……。


「姫さまのぉ、邪魔する輩はどこだぁ!」


 後ろから響く怒号に思わずたじろぎます。そして後ろへ振り返って絶句。そこには――。


 どか、どか、と馬に乗り長槍を構え突撃する女騎士の姿。ルゥさんの、いや今回の場合。リーゼやアリアさんのご同輩、なんですかねぇ……?

 そんなことを考えながら、あっしらはそそくさと避難するんでありました。

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