第43話 鮮血のダンジョンマスター

 開拓村からセラを送り出して数日後、帰還した彼女から無事に交渉が纏まった。ということをルード経由で聞くことができた。

 それは良かったのだが……。


「で、ルード。後ろのお二人様はどこのどちら様だ?」

「いえ、あの……。あっしに訊かれましても……」


 ルードから通信越しに報告を受けていたわけだが、後ろにチラチラ、と映るセラと談笑している二人の女性。

 銀髪の女性とピンク髪の少女、しかもよく見ると耳が少し尖っている。よくあるファンタジーのエルフ、という種族なのだろうか?

 いや、本当にどこの誰なのだろうか。それに、今はまだダンジョンを表舞台に出すつもりはないのだから、支援を断るように告げた筈。

 それなのに、外部の人間を連れてくるとはどういう了見なのか。少しばかり問い詰めたくなる。が、それをしても事態が進展するわけもなく……。


「これ、どうするかなぁ……」


 突如として訪れた、意図せぬ来訪者に俺は頭が痛くなるのを感じるのだった。







 エィルの都市庁舎で都市長と会談、スラムの住人を開拓村へ移住させるための取り組みへの同意を得られた、までは良かったのですけど。

 まさか、リィナさんとルゥさんが開拓村まで行きたい、何て言われるのは予想外でした。

 しかも、こちらからすれば断りたいのに断る理由がありません。

 彼女たちは公国外の人間、エルフですから開拓村の復興にまったく関係ありませんし、諸部族連合のお国柄、とでも言えばいいでしょうか。

 彼女たちの特異な国の事情で、その、なんというか。モンスターに対する価値観も違うんですよね。


「へぇ、公国でもする集落があったんだ」

「国としてのやり取りをしている時に、そんなこと聞いたこともありませんでしたが……」

「じゃあ、新しく出来たってことじゃない、お姉?」


 そう、その国の事情とはエルフやドワーフの亜人だけではなく、一部の、それこそ理性的なモンスターもまた同じく市民権を得ていること。これにつきます。

 なぜそんなことになったのか、それはわたくしにも分かりません。詳しくは諸部族連合という国の成り立ちに関係するらしい、ですが……。


「ええと、ルゥさんが言うように新しく出来たのは確かです。というよりも、本当つい最近、あちらの方々もこちらに着たばかりで」

「そうなんだぁ」


 何が面白いのか分かりませんが、ルゥさんはきらきら、と目を輝かせながらルードさまたちを見ています。

 ……まさか、とは思いますが。ルゥさんもルードさまに気が……?

 わたくしがエィルへ行く前に感じた悪寒を思い出してしまいました。もしかして、これの予兆だったのでしょうか。


「それでさぁ……」

「は、はい……?」


 ルゥさんから急に話を振られ、思わずどもってしまいました。そんなわたくしの心境など露知らず、にんまり、と猫のような笑みを浮かべて問いかけてきます。


「セラ、あんたの想い人ってここにいんの?」

「は……、ふぇ?!」


 まさかの問いかけに動揺して、変な声を出してしまいました。きっと顔もおかしなことになっているでしょう。

 ……頬があついので、赤く染まっているかもしれません。


「な、なにを……?!」

「宿屋の女将さんが言ってたよ、あんたに好い人ができたって」

「う、ぐぅ……」


 ……あの人が原因ですか!

 口止めでもしておくべきでしたか。でも、それをしたところで広まった気がするのはなぜでしょう。

 どうにも、動揺しすぎて本調子ではないようです。

 にやにや、と笑ってわたくしの返答を待っていたルゥさんでしたが――。


 ――パコン!


 と、いう音とともに。


「いっ、たぁぁぁいっっ!」


 頭を抑えてしゃがみ込みます。あぁ、あなたの短いスカートでしゃがんだりしたら、スカートの中が……。

 案の定、ピンク色の可愛らしいフリル付きの中身がちらちら、と見え隠れします。不幸中の幸いなのは、彼女の前にはわたくししかいなかったこと、でしょうか。

 それこそ、誰か殿方でもいたら、目潰しでもしなければならなかったでしょうから。

 そして、ルゥさんが頭を抑えてしゃがみ込んでしまった元凶、それは彼女の後ろに立っていました。


「ルゥ、下世話はやめなさい。と何度も言った筈よね?」

「……お姉、ひどい!」


 そう、ルゥさんは拳骨と言う名の天誅を受けていたわけです。でも、リィナさんの拳も赤くなってすごく痛そう……。あくまであの人外交官が本職で、一応戦えもしますが、それでも後衛の魔法使いですからね。バリバリの前衛のルゥさんの頭に力負けしていたようです。

 それでも痛みを顔に出さず、澄ました顔をしているのは流石です。


 お二方のそんなやり取りを見ていたわたくしですが、不意に小さい、いえ、遠くから声が聞こえてきました。


「……ルード、さま?」


 どうやらマスターさまに報告をあげているご様子。かすかにマスターさまの声も聞こえてきました。

 わたくしが帰還したことについて、でしょうか。

 呑気なことを考えていたわたくしですが、ふと見ると、ルゥさんが呆然とした様子でルードさまを見つめています。やっぱり、ルゥさんもルードさまのことが――。

 ですが、その考えはわたくしの勘違いでした。

 ルゥさんは驚き、目を見張った様子で腕をブンブン振りながらルードさまを指差します。


「ね、ねぇ! お姉ぇ聞こえた?! あのゴブリン喋ってたよ! ホブやハイの上位種じゃないのに!」

「え、ええ……。そうね」


 よほど驚くことだったのでしょう。先ほどは目の色を変えることもなかったリィナさんが目を丸くされています。

 確かに、わたくしも喋る普通のゴブリンを見たのははじめてですが、他のゴブリンは諸部族連合で見ていたのですから、そんなに珍しいものなのでしょうか?

 そんなわたくしの疑問に答える、と言うわけではなくただの偶然なのでしょうが、その答えがルゥさんの口から語られました。


「ねっ、ねっ、お姉ぇ。これってみたいだよねっ。大昔のおとぎ話」

「そうね、嘘か本当か分からないけど。大昔、わたくしたちやモンスターたちの王。魔王と評されたダンジョンマスター。常にダンジョンには挑んできた人間たちの骸が転がり、血が滴っていたことから付いた二つ名は『』。、だったわね」


 その言葉に、気のせいかマスターさまが絶句している気配を感じ取れたわたくしはなぜだろう。と首をかしげることとなりました。

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