第42話 密談と言い回し

 リーゼロッテ姫殿下のことを説明し終えた後、わたくしは本題に入るため都市長へと話しかけました。


「都市長、1つよろしいですか?」

「……ん? なんだね」

「先ほどの開拓村の話、まだ続きがありまして」


 わたくしの言葉になにか問題が発生している、と理解した都市長が真顔になって、ピリピリとした緊張感が辺りを漂います。


「……聞こうか」

「はい、先ほど話したように傭兵の襲撃にあったことで少なくない死傷者が出たため、正直に話せば村の運営に支障が出る可能性があります」

「移住を募りたい、と?」


 本当にこの都市長は話が早くて助かります。これだけの話ですぐ、こちらの意図に気付いてくれるのですから。


「ええ。もちろん都市内部から、さらに辺境まで移住してくれる方がいるとは考えていません。ですが、都市外部なら……」

「なるほど、そういうことか」

「そちらとしても、都市の景観。それに治安の意味でも十分にうま味があると考えますが?」

「ああ、確かに魅力的な提案だ。しかし……」


 にこり、と微笑みながらも言いよどむ都市長。なにか懸念点でもあるのでしょうか?

 ……いえ、そう言うことですか。


「いくら魅力的な提案でも、こちらから強制することは……」


 スラムを撤去する。そういった点で見れば魅力的な提案なのは間違いありません。しかし、それを強制してしまえば都市長の汚点となりかねません。

 大多数の市民は歓迎、もしくは黙殺するでしょう。しかし、彼の政敵となりえる者たちからすれば絶好の攻撃材料です。それを躱さなければいけない。そうすると方法としては……。


「そうですね、ではこう言うのはどうでしょう?」

「なにか良案が?」

「ええ、確かに都市長がおっしゃられるように強制するのは問題です。ですから、していただきましょう」

「ほう……」


 わたくしの提案に都市長は眉をぴくり、と動かしました。少なくとも琴線に触れたようです。

 わたくしはなにも嘘なんて付いていません。

 いま、公国は王国の侵攻を受け首都が陥落し公族の皆さま――リーゼロッテ姫殿下は除きますが――の安否は不明。

 そして、王国からすれば公国領土は完全併合したく、なおかつエィルは帝国との最前線。利用価値は図り知れません。それほどまでに重要な土地、さぞや多くの兵が送られてくるでしょう。

 さらに言えばリーゼロッテ姫殿下は帝国へ亡命している最中。婚約者のアレク殿下から兵を借りることが出来れば大返ししてくる可能性は高い。


 すなわち、戦場はここ、エィルになる可能性もまた高い。……王国と帝国、どちらが先に入城しているかまでは分かりませんが。

 そうなれば、一番被害を受けるのはスラムで暮らす住人たち。当然です、スラムに防壁なんてないのですから。


 かといってスラムの人間をエィル内部へ招き入れるのは現実的ではありません。と、言うよりも収容できる余力があるのなら、そもそもスラムなどできなかったでしょう。

 つまり、もしことが起きた場合。エィルの方針ではスラムの住人は切り捨てざるを得ません。


 だから、その前にがスラムの皆さまへ避難を促す。付け加えるなら多少の物資を住人たちへ支給すれば言うことなし、ですね。

 そして、避難民となったスラムの住人たちの受け入れ先になるのは開拓村。しかも、そこでならスラムのテント生活ではなく、家を手に入れられる可能性すらある。


 住人たちからすればきちんと定住できる場所という現実と、安定した生活という夢を手に入れられ、エィル側からすれば厄介な違法移住者を追い払い治安が回復する、という実利が手に入る。

 お互いにWin-Win。幸せになれる、ということです。

 そのことに比べれば、いつ王国軍が攻めてくるか、等ということは重要ではありません。なにせ、その王国軍が攻めてくる前に避難しよう、という話なのですから。


 それに、一度開拓村に囲い込んでしまえばこちらのもの。マスターさまやルードさまがいる以上、逃げることはできないでしょうし、そんなことをすれば最悪ダンジョンの肥やしになるだけです。

 あの方からすれば、おそらくどちらでも問題ないでしょう。そうでなければ交渉失敗しても問題、何て言われなかったでしょうし……。


「なるほど、よく分かりました」

「では……?」

「こちらの方で布告を出しておきましょう」


 どうやら、問題なく交渉は纏まったようです。本当によかった。ほぅ、と息を吐くとともに肩の荷が降りたことを感じ、ようやく少し楽になった、と思うのでした。

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