第41話 幕間 帝国の軋轢

 セラが城塞都市エィルでリィナたちにリーゼロッテのことを説明している頃、当の本人たちはようやく、といって良いか。ルシオン帝国帝都、エルシオンへと到着していた。


「はぁ……。最短ルートを進んでいたとはいえ、ようやく到着したわね」

「ええ、姫様。ですが道中何事もなく、本当に良かった」


 リーゼロッテの疲れたような言葉に、アリアも感慨深げに頷き同意する。

 まぁ、傭兵家業をしていた彼女からすればこの程度の道程、さほど問題ではないのだが。それでもこれほどの強行軍。いくら騎士団を率いていたとはいえ、姫君であるリーゼロッテが倒れることなく到着したのは、素直にすごいと思っていた。

 何せ騎士団時代は無理な行軍などはせず、ある程度余裕を持って行動していたし、物資なども荷駄隊が運んでいた。ゆえにそこまで騎士団には負担がかかっていなかった。


 だが今回の場合は違う。リーゼロッテとアリアの二人しかいない関係上、保存食などは自身で運ぶ必要があったし、寝床も簡素なものとなり、なおかつ辺りを警戒する以上完全に休めるわけでもない。

 そんな無い無い尽くしの状態で問題なく最後、目的地まで来れたのだからアリアとしては弟子の成長に喜びたくもなるのが当然だろう。


 その嬉しさをひた隠しにしながら、アリアは早く先に進むことを進言する。


「ここまで来ればもう安全の筈です。私が先触れとなり城へと向かいます」

「うぅん……。それはやめておいた方がいいかも?」


 しかし、進言に否定的なリーゼロッテは却下する。


「……何故です?」


 なぜ却下されたのか、その理由がわからないアリアは不満そうに首をかしげる。

 そんなアリアの様子を見て、リーゼロッテははぁ、と呆れたとばかりにため息をつく。


「あなたね……。自分の立場分かってる? あなた、副騎士団なんだから、そんな人物が先触れに来たら何かあったと教えるのと同じ。はっきり言って、わたしたちが城へ出向いたのと全く変わらないわよ」

「それは、そうですね……」


 指摘されて気付いたのか、アリアは無表情ながらも頬を少し赤く染める。流石に恥ずかしかったようだ。


「ともかく、城へはわたしたち二人で向かいます。いいですね」

「はっ!」


 リーゼロッテの宣言に見事な敬礼を見せるアリア。そして、緊張した面持ちで歩を進めた2人が、帝都入り口の城門で一悶着起こすのは少し後の事だった。








 ――ルシオン帝国帝都エルシオン、帝都城内隔離塔応接の間。


 そこで恥ずかしそうに縮こまっているリーゼロッテを、赤茶色の髪をして彼女より頭2つ分くらい小さな子どもが呆れたように嘆息して見ていた。


「なんと言うか、リズ姉さま。相変わらず、変なところで抜けてるよね」


 一国の公女に対するあり得ざる暴言。本来であればアリア辺りが激昂しそうな話であるが、彼女がそのような動きをすることはなかった。

 なぜなら、目の前の子どももある意味リーゼロッテと同じ立場だからだ。


 そう、目の前の子どもこそが今回リーゼロッテが頼った相手、帝国第四皇子アレク。彼女の婚約者だった。

 しかし、別にアレクはリーゼロッテを責めるつもりなど毛頭なかった。彼女の現状ではそうするしか方法がなかったし、さらに言えば――。


「でも、予想より早かったなぁ。まったく、ランドティアも堪え性がないね」

「なっ……」


 アレクの言いぐさに絶句するアリア。

 そう、アレクは近い将来、アルデン公国がランドティア王国に攻め滅ぼされるのを予見していた。


「なぜ――」

「知らせなかったのか、かい? それは、まぁ当然の憤りだよね。でも、まぁ仕方なかったことだよ」


 アレクは諦観の表情を浮かべる。そう、仕方なかった。


「この国、表向きは公国と友好的だけどね。今は潜在的な敵国と言って良いよ」


 リーゼロッテとアリアが驚愕の雰囲気に包まれる。

 本来であれば、帝国と公国。2つの国家は友好関係を維持し続けるのが賢明。しかし――。


「うちの貴族ども、そしてそれらに担がれてる兄さまたちは、目の上のたん瘤が気に入らないみたいでね」


 そう、現状公国の領土は帝国内、帝都周辺へ食い込む形になっている。それが帝国の後継者、そして支持者たちは気に入らなかった。1つ間違えば帝都へ強襲される恐れがあること。

 そして、現在。帝国は認知していないが、ダンジョンマスター。荒木秀吉の領土とも言える開拓村、それができたことに危機感を抱いたからだ。

 いくら公国が開拓村周辺から帝国へ賄賂を送っていた、といっても表向きは王国の圧力に屈して開拓村が開かれた事実は間違いない。


 そのことから現在、帝国内の勢力は親公国派ではなく、対公国強硬派が主流となっていた。

 それは武断派、文治派、中道派という派閥の中ではなく、帝国全体での話だ。

 むしろ、本来一番多ければならない皇帝率いる親公国派が少ない、というのが異常と言えた。

 そして、アレク傘下の派閥も親公国派ではあるが――。


「ボクの下も馬鹿、というか欲望に忠実で困るよ。リズ姉さまを手篭めにして公国を併呑してしまえ、なんて本気で言ってるんだから」

「は、ぁ……?」


 先ほどから驚きに驚きを重ねているアリア。それに対して、リーゼロッテはアレクのぼやきを聞いて乾いた笑みを浮かべている。


「それは……。あなたがだったら叶ったでしょうね」


 ぽつり、と呟くリーゼロッテ。

 そう、彼女が言うようにアレクは男、皇子ではない。

 アレクの本当の名は。帝国第一皇女だった。


「そう? でも、ボクは女の子で良かったと思うよ。ボクか男だったら間違いなくされてたからね」

「はっ……?」


 あっけらかんと自身が殺される可能性を言及するアレクに、呆然とするリーゼロッテ。


「ボクが今殺されてないのだって、賢しいだからこそ、なんだよね」


 アレクがこう言うのにも理由があった。帝国の皇位継承は男系であり、女であるアレクには継承権がそもそも存在しなかった。

 しかし、彼女の才を惜しんだ皇帝ガイウスが彼女の性別を無理矢理男と偽り、第四皇子という立場に据えたのだ。

 そして皇帝は常々、自身を支持する臣下の前だけではあるが、アレクが男であれば。という趣旨の愚痴をこぼしていた。


 そのことから兄皇子たちから敵対視されていたアレクだが、彼女が女であるという一点だけでなんとか命脈を保っていた。

 これが、本当にアレクが男だった場合、本人の懸念通り間違いなく兄皇子たちに殺されていただろう。

 もっとも、その後にタガが外れた兄皇子たちによる暗闘が続き、帝国は国力を疲弊させていたのも間違いないだろうが……。

 すなわちアレク、アレクサンドラという稀有な存在によって、帝国内部はかろうじて均衡を保っていた、と言ってよかった。


「ま、それはともかく。しばらくはゆっくりしててよ。まだ、こっちの準備も終わってないから、さ」

「準備……?」

「ボクが王国の侵攻を予測してたのは分かったでしょ? でも、ここまで早いとは予想してなかったから、まだ準備が完全じゃないんだよね」


 そう言って、忌々しそうに顔を歪めるアレク。


「まさか王国が、あんな古くさい儀式までして公国へ奇襲するなんて、想定外にも程があるよ」

「儀式、って……?」

「ん、勇者召喚の儀式。数百年前にいたって言う魔王を討伐するために編み出された、本当にカビの生えた古くさい儀式だよ」


 吐き捨てるように話すアレク。その話、魔王と言う単語を聞いてリーゼロッテはなぜか、公国で別れたダンジョンマスター、秀吉の顔が思い浮かぶのであった。

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