第44話 旧きダンジョンマスターの功績、新しきダンジョンマスターの一手

 俺は彼女たち、ルゥとリィナだったか。あの二人が話していたことを聞き、少し気が遠くなる。彼女たちが話していた伝承が正しいとするならば、エルフもまたかつてモンスターとして定義されていた、ということになるからだ。

 その説を肯定するように2人は諸部族連合ではゴブリンと共存していることを語っていた。それはある意味召喚された、言い換えれば他所から連れてこられた外来種であるゴブリンやエルフが土着。生態系に組み込まれた、と考えてもそこまでおかしな話じゃない。


 と、いうのもかつての世界のフィクションではゴブリンを悪、エルフとドワーフは善、という形が多いものの、もとを辿ればこの3種族。それぞれ、原点では妖精として描かれている。

 そう、妖精。すなわち亜人として描かれていない。いわば人間とはまったく関わりない種族だった。それがこの世界に土着し、いつの頃からか亜人と定義されるようになった。

 つまり、何が言いたいかというと、彼女たちの祖先はおそらくゴブリンと同じくモンスターとして、この世界の人間たちに定義されていた、ということ。

 そして、この世界に来たのは2人が話していたお伽噺。『鮮血のダンジョンマスター』という存在に呼び出された、と考えられる。


 しかも、それだけじゃない。

 そう考えるなら彼女たちが所属する国家群。諸部族連合の領土は、かつてそのダンジョンマスターが支配していたダンジョンであった、と考えられる。

 いまも諸部族連合の領土がダンジョンとしての機能を果たしているのかは分からない。しかし、鮮血のダンジョンマスターという存在がお伽噺、だというのなら遥か昔に討ち果たされた。もしくは何らかの理由でこの地を去った、ということ。


 この地を去った、だけなら良い。しかし、もしも誰かしらに討伐。討ち果たされたのだとしたら……。


「それはつまり、この世界の軍事力が高いか、もしくは一騎当千とも言える特記戦力が存在していた、という証左になる」


 ぞくり、と背筋が寒くなる。

 いわば1つの国家として形成できるだけの勢力相手に真正面から打ち破る、もしくは首狩り戦術を行える暴力が存在するなど考えたくもない。

 そもそも現在のダンジョンは、諸部族連合と比べるのも烏滸がましいほとの弱小勢力なんだ。そんなところに件の暴力装置が投入されるとしたら、その末路は……。

 脳裏に描かれる悲惨な最後を、ぶんぶん、と頭を横に振ることで追い出す。


 そもそも、過去に存在していたとして今もいるのかどうかなんて分からない。が、今いなくとも未来永劫いない、という保証もないのも確かだ。


 俺は気を落ち着かせるため、ぎぃ、と自身が座るダンジョンコアが配置されている部屋にある椅子に身体を預けると、すぅ、はぁ、と深呼吸する。


「ふぅ……。少しは落ち着いた、か」


 俺は自身をさらに落ち着かせるため、そして頭を整理するため独りごちる。


「ともかく、いま必要なのは情報。それに戦力の拡充だ」


 情報は各国家の戦力。そして外交関係だ。


「特に諸部族連合。彼らがこちらに友好的なら、最終的にダンジョン―アルデン公国―諸部族連合という形で同盟、ないしは友好関係を結べるかもしれない」


 理想はそこへさらにリーゼロッテの婚約者。帝国の皇子を巻き込んで、帝国も同盟に組み込むこと。……まぁ、国家の規模的に帝国主導となるだろうがそれは問題ない。最終的にこちらの防衛が出来ればなんの問題もないのだから。


「まぁ、現実的には難しいだろうが……」


 そも、セラの報告では諸部族連合は帝国並び、王国も仮想敵国として見ていて、世論も反帝国、反王国であるという。

 そこに同盟も組みましょう、主導は帝国が行います。などといった日には、外交関係が破綻するのは目に見えている。

 なにせ、公国に対しても否定寄りの中立、という立場なんだ。そこで火に油を注いだら、どうなるか、などと考えるまでもない。だから、現実的な理想は先ほどのダンジョン―アルデン公国―諸部族連合間での同盟、という形に落ち着く。

 仮に同盟までいかなくとも、緩やかな貿易関係を築けたら万々歳だ。何せこちらは上手くいけばDPを使い、物資を際限なく購入することが出来る。

 それを上手く使い二ヶ国をこちらへ経済的に依存させれば、否が応にも同盟を結ばざるを得なくなる。ダンジョンが二ヶ国にとって生命線になるのだ。


「ま、捕らぬ狸の皮算用だな……」


 どこまでいっても現状では夢想でしかない。よくいって努力目標か。いまはダンジョンの維持だけでひぃひぃ言ってるのだから。


「それはともかくとして、あとは戦力の拡充か」


 こちらの方は、まだマシだ。なんと言ってもこの開拓村は人間に襲われて被害を出し、それをダンジョン勢力。正確に言うならルードをはじめとするゴブリンたちに救われている。

 しかも、傭兵の襲撃で多くの男が殺され、村の男女比は歪になっていた。だが、男が他所から移住してきても村に元からいた女衆はなびく可能性は低い。

 セラが襲われていたように、他の者たちも同じ目にあっていた。それをゴブリンに助けられているのだ。人間の男に忌避感を抱くのは当然のことだ。

 そして、村のなかにはルードと結ばれたファラという前例がいる。


 そんな女たちが誰を選ぶか、などと考えるまでもない。実際にファラが説得をする前に何組かの異種族間のカップルが生まれている。まぁ、正直予想外ではあったのだが……。

 気の早いカップルは既に致して、肚の内に新たな命を宿している者もいる。その命たちが成長すれば遠からず頭数は揃うだろう。もっとも、使えるようになるにはさらに時間がかかる。だが、こればかりは仕方ない。まさか、肉壁にするわけにもいかない。

 そんな運用をしようものなら後が怖い。

 確かに俺の仕事はある意味ゴブリンたち、部下へ躊躇なく死ね、と命令することだ。しかし、それはあくまで効率的に、必要な分を告げることであって、使い潰して良いということじゃない。


 そこを吐き違えば俺はいずれルードたちに寝首をかかれることになるだろう。それだけは重々承知しておかねばならない。

 万能感、全能感というのは、時に人を狂わせる。そんな間抜けな最期を迎える訳にはいかない。

 だから俺は、俺自身を戒める必要がある。そんな最期を迎えないためにも。


 そのために、俺がいま出来ること。それは――。


「……会って、みるかぁ」


 虎穴に入らずんば虎児を得ず。明日の友好的な関係を築くため、再び己の命をチップに賭けに出るとしよう。

 俺はルードに彼女たちをダンジョン最奥のここへエスコートするように告げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る