第30話 公国主従の旅立ち
「私、は……」
しばらく悩んでいたリーゼロッテがおもむろに口を開く。どうやら答えが出たようだ。
「ヒデヨシの好意は嬉しいよ。だけど、私はアレク。帝国の婚約者に力添えを頼もうと思う」
「そうか、ならば仕方ない」
そういえば、確か本来彼女は帝国へ嫁ぐ予定だったな。なら、そちらを頼るのが道理か。それに帝国もうまくすればアレク皇子。リーゼロッテの婚約者を公国に送り込めるのだから万々歳、笑いが止まらないだろう。
まぁ、ただの社交辞令かもしれないが、リーゼロッテから嬉しい、という言葉を引き出せただけでも良かった、と思うべきか。多少とはいえ繋がりが持てた、とも取れるわけだし。しかし、そうなると……。
「帝国に助力を求めるとなると、すぐに出発を?」
「ああ、そうだね。私たちはこの後すぐ出るよ。善は急げとも言うし、時が過ぎれば過ぎるほど、こちらは不利になる」
それもまた道理だ。占領地政策では残った住民たちに対して深窓の令嬢を相手にするように大切に扱うか、もしくは苛烈に民族浄化をするように滅ぼし尽くすか。それが重要だと言われている。
そして、事実上のトップである公王たちを害した以上、王国の取るべき政策は一つ。それを考えれば、時間が経てば経つほど命の灯火が消えていくことになる。
そう考えると、リーゼロッテが帝国に頼るのは当然であり必然か。なにせ、こちらはすぐに動けない。と明言したのだから。
そうなると、こちらで出来ることと言えば……。
「こちらとしても、あなたたちの援助を出来ないのは心苦しい。なれば、こちらでもせめて出来ることはするとしましょう」
「出来ること? いったい、何を?」
俺が言った、出来ること。ということに疑問を持ったのか、リーゼロッテは不可思議そうに首をかしげる。
まぁ、彼女が分からないのも無理はない。
「時に昨今、
「ヒデヨシ……! あなた、まさか……」
俺の白々しい態度に、リーゼロッテは驚きに目を見張る。
つまり、そういうこと。こちらで住人を拐う、という名の保護活動を展開し助けよう、ということだ。
むろん、これは善意からの提案などではない。開拓村の住人が増えるのはこちらにとっても利益になるし、リーゼロッテにも恩を売れる。それだけでもする価値があるというものだ。
だが、住人の保護だけでは芸がないな。ある程度したら住人たちを使って噂を流させるか。『王国が不義理なことをしたから、モンスターが大量発生しはじめた。これは天罰だ』と、こんなところか。
こんな噂が立ってしまえば王国のメンツは丸潰れだ。そうすれば住民の弾圧どころではない。王国もメンツを取り戻すために、なんとしても俺たちを討伐する必要が出てくる。そうすれば、相対的に住人の被害も減る筈だ。それに、もしも俺たちの討伐に住人を無理やり徴用したとしても、それはそれで都合が良い。その徴用された住人たちをこちらで保護すれば良いだけの話なんだからな。
「ヒデヨシ、その……。――ありが、とう」
俺が行うことを知ったリーゼロッテは淡く頬を朱に染めて礼を言う。
「はてさて、いったい何のことやら。それではリーゼロッテ、ご武運を。帝国からの帰り、是非とも開拓村へ寄っていただきたい。……そのとき、こちらも協力出来る体制が出来上がっているかもしれませんので」
「ああ、ありがとう。何から何まで世話になる」
頭を深々と下げるリーゼロッテ。次に彼女が頭をあげた時、凛々しい表情を浮かべていた。
そんな彼女の顔を見て、俺は心の内から奮い立つようなものを感じさせられる。これが彼女のカリスマ性、仲間を、戦友たちを勇気づける旗頭としての力。
「なるほど、慕われる訳だ」
「そういうことだ」
俺がポツリ、とこぼした感想にアリアが然もありなん、と同意する。その顔は誇らしげだった。
そういえば、リーゼロッテはアリアの弟子、という話だったな。自身の弟子が誉められれば嬉しくもなるか。
「姫様であれば、帝国の説得も問題なく、すぐこちらへ戻ってこれるだろう。精々、その前までに地盤を固めておけ、ヒデヨシ」
……バレていたか。しかし、自信満々にものを言う。それほどまでに信頼している、ということか。
「あら、アリアは手伝ってくれないの?」
くすくす、と笑ってリーゼロッテはアリアを
「まさか。私も姫様への助力は惜しみません。ですが、そもそも姫様とアレクどののお力があれば、造作もないでしょう」
「……本当、お師匠さまは容赦ないこと」
「自慢の弟子だからこそ、この程度の苦難は苦難足り得ないだろう?」
アリアの指摘を受け、リーゼロッテは参ったとばかりに苦笑を浮かべる。そこには確かに、師弟としての絆、信頼があった。
リーゼロッテは空気を切り替えるため、こほん、と咳払いを一つする。
「ともかく、これで私たちは失礼するわ。……アリアの言うことじゃないけど、こちらに戻ってきたとき、改めて協力を要請するかもしれないから、そのときは――」
「そのときを楽しみにさせていただきましょう」
俺に対してにこり、と微笑むリーゼロッテ。俺もまた、自身がニヤリ、と笑っているのを自覚しつつ彼女の手を握る。
どうにか、無事に戻ってきて欲しいものだ。そう思いながら俺は二人を、公国の主従たちを見送るのだった。
リーゼロッテたち主従を見送った翌日、俺はルードの様子を知るため、通信を繋げたのだが。
――あら、ファラさん。別にあなたはルードさまの特別、ではないのでしょう?
――あたしはルードのお嫁さんなんですけど!
――あの、助けてくだせぇ。マスター……。
「いや、どういう状況だよ……?」
なんというか、色々と予想外の状況に俺はただ困惑するだけだった。
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