第29話 彼女が望む道

 ルードたちが部屋を去ったあと、この部屋に残っているのは俺の他に見目麗しい女性が二人。これで両手に華だ、と無邪気にはしゃぐことが出来ればよかったのだが……。


「それで、ダンジョンマスターどの。あなたの本当の目的は?」


 瞳に剣呑な雰囲気をまとわせ、こちらへ問いかける姫騎士どの。流石にその程度、分別する力はあったか。


「本当の目的? ……などと、惚けても意味などないのでしょうな。あなたと、お近づきになりたかった――」

「……なっ!」

「――と、いう理由では如何でしょうか?」


 俺の愛の告白ともとれる科白に、かぁ、と顔を熟したリンゴのごとく赤くした姫騎士どの。意外と……いや、もともと高貴な生まれ故に男から好意を告げられる、という経験がないのだろう。

 それも、俺の次の言葉で今度は別の意味で顔を赤くしていた訳だが。

 彼女は怒りで顔を赤くして、ドスの効いた低い声色でこちらへ詰めてくる。


「……ふざけているの?」

「ふざけてはいませんとも、お近づきになりたいのも事実。ダンジョンマスターとしての立場と、アルデン公国の公女という立場。公の立場という意味ではありますが」


 俺の回答を得て、ぎらり、と睨み付けてくる姫騎士どの、いや、公女殿下とでも言うべきか?

 ……まぁ、どちらにしても彼女を表すという意味では変わるまい。


「それで私とよしみを結んでどうするつもり?」

「さて、色々とありますが――」


 ここでもったいぶることもできるが……。それよりも、ここは話を進めるべきだろう。


「例えば、あなたのことをお名前で呼んでも?」

「それは、構わないけど……」


 俺の問いかけに姫騎士どの、いや、リーゼロッテどのは困惑した様子を見せる。重要そうなことだと思えばどうでもいいことだったり、その逆だったりと完全に振り回されている。

 それなら、もうちょっと引っ掻き回すとしようか。


「では、自分のことは秀吉。と呼んでいただきたい。これが我が名でありますので……」

「でも、あなた。少し前まで名前は教えられないって……」


 俺が自身の名を告げたことに混乱するリーゼロッテどの。そう、俺の名前は秀吉、荒木秀吉という名前だ。正直俺としては過去の偉人、天下人だった豊臣秀吉と同じ名前というのは名前負けしているような気もするが、自ら選べる訳もない以上、名に恥じないことをする他ない。

 まぁ、彼女たちに名前を教えなかったのはそういった意味ではなく、もっと切実なものだ。


「それは、自分の知る魔法も似たものに、相手の名前を知ることによって、その相手の生殺与奪を支配する。というものがありました。そのため、万が一の用心として、とご理解いただけると……」

「……っ!」


 俺の説明に言葉をつまらせるリーゼロッテどの。暗に、それはお前を支配できるぞ、という意思表示にも思えるのだろうから仕方ない。まぁ、そんなことはできないし、できたとしてもする気など毛頭ない。

 それに、実際過去の日本でも自身の名前ではなく仮名けみょう――通称と言い換えても良い――を呼ぶ文化があった。

 先ほどの豊臣秀吉であれば仮名である藤吉郎、あるいは官位である筑前守、関白殿下、さきの関白である太閤殿下などだ。

 いまでこそ、そのような迷信は否定されたが、この世界では普通に魔法が普及している。ならば、そのような魔法がある可能性も否定できなかった。もっとも、それもリーゼロッテどのや護衛の女騎士。彼女らと傭兵たちの戦いである程度大丈夫だと判断できたから踏ん切りがついた。

 まぁ、それだけが理由じゃなく、さきのことを相手に伝え、敢えて名前を開示することで信を得る。いわゆる、一つの札として活用したという意味合いもある。


「……分かったわ、ヒデヨシどの」

「自分のことはどうか、秀吉、と呼び捨てに」

「ふぅ、そうね。ヒデヨシ……。これで良いかしら?」


 リーゼロッテどのの問いかけに、俺はこくり、と首肯することで答える。そんな俺に彼女もまた――。


「なら、私のこともリーゼロッテと――」

「姫様……!」

「……よろしいので?」


 思い切ったことを考える。あくまで対等な立場とすることで隙を与えないようにするつもりか。


「構わないわ。……アリア、そんなに警戒しないで。私にも考えがあるのだから」

「承知しました……。ダンジョンマスターどの、私はアリアだ。私もあなたのことを呼び捨てさせてもらう、良いな?」

「ええ、それはもちろん」


 これで高圧的に来るなら付け入る隙があったんだが、これは手強いな。まぁ、良い。隙があろうとなかろうと、こちらがすることに変わりはないのだから。


「それでは、お互いの名前を知れたことですし、本題に入りましょう」

「ええ、そうね」

「こちらが伺いたいことは一つ。リーゼロッテたちがこのダンジョンに侵入した際、かなり消耗していたようですが、いったい何が?」

「……なぜ、そんなことを?」

「いや、なに。こちらとしてもダンジョンを預かる身。危険があるのなら把握しておきたい。そう考えるのはおかしいですかな?」

「それは、そうね……」


 俺の意見を聞いたリーゼロッテは考え込みながらも同意する。むろん、こちらはそれだけが理由じゃない。あれだけの傭兵たち相手に無双した二人がボロボロになっていたのだ。尋常ならざる事態に直面したのだろう。たとえば――。


「何か、公国で変事でも起きましたかな?」

「……っ!」


 どうやらビンゴのようだ。アランの話ではリーゼロッテは少数精鋭の騎士団。その騎士団長を拝命していたという。そんな彼女がボロボロで、なおかつ部下までいない、となると公国内で何かが起きた、と考えるのが普通だ。それがクーデターか、もしくは奇襲で侵攻を許したのか、までは分からないが。

 リーゼロッテがこちらをじろり、と睨み警戒の色が強くなった。今のところ、停戦しているとはいえ、本来敵対関係なのだから自然な流れだ。


「それを知って、どうするつもり?」

「そんなに警戒しないでいただきたい、というのは無理な話か。なに、開拓村の時の焼き直し、とでも思っていただければ。すなわち、こちらはそちらに協力する用意がある、と。……まぁ、そうは言っても、リソースには限りがあります故、開拓村が優先となりますが」


 開拓村の防衛強化は地盤固め、という側面もある。足場がぐらついていては、支援できるものも支援できなくなるからな。それだけじゃない。もしも、半端な防衛で開拓村が壊滅した場合、こちらの、ダンジョンの運営も立ち行かなくなる可能性すらある。そうなってしまえばこちらも破滅だ。実質、ダンジョンと開拓村は一蓮托生だと言っていい。それにもう一つ。


「それで、協力する見返りに、こちらは何を差し出せ、と?」

「それこそ、開拓村と同じく。すなわち土地のダンジョン化」

「……論外ね」


 そう言うとリーゼロッテはこちらの要求を拒絶する。その程度、想定内だとも。だからこそ、開拓村を優先するのが生きてくる。


「そう思われるのは道理。故に、あなた方には開拓村がどのようになっていくのかを見て判断していただきたい」

「……っ! それって――」

「ええ、開拓村は公国の縮図。テストケースと思っていただいてよろしい」


 そう、本来国内のダンジョン化など、喉元に凶器を突き付けられるに等しい。そんな要求をして拒絶されない、などと考えるほど俺は能天気じゃない。

 だからこそ実績を作る。開拓村の防衛、そして発展という実績を。幸いにしてリーゼロッテも俺はともかく、ルードのやつは信用していたように見えた。ともに戦場を駆けたことでの信用だろう。

 それと同じようにこちらも信用を得ることは不可能ではない筈だ。開拓村を救う、という実績をへて得ることができる信用を。


「ここに村長どのを連れてきたのは、それが狙い?」

「必ずしもそういう訳では……。あの地が公国領であり、公女殿下がおられるのであれば、確認するのが道理では?」

「ふ、むっ……」


 もちろん、そう思っているのは事実だし、そこに嘘はない。それにリーゼロッテから指摘された打算があるのも確かだ。


「なぁに、今すぐ答えを求めている訳ではありません。今は頭の片隅にでも留めておいていただければ」


 そう語りかける俺に、リーゼロッテは悩ましげな表情を見せる。そしてしばらく悩んだリーゼロッテは、覚悟を決めたのか、ぽつり、ぽつり、と話しはじめた。


「ええ、あなたの想像通り。公国首都、アルデンにて変事。簡単に言えばランドティア王国から奇襲を受け、陥落したわ。私と副官だったアリアはなんとか脱出できたけど、父様や兄様たちは……」

「なんと、そうでしたか……」

「そして、脱出した私たちを追撃するために送られたのがあの傭兵団。まさか、豪腕のグレッグが率いてたとは思わなかったけど」

「なるほど……」


 リーゼロッテの言う豪腕のなにがしについては分からない、が彼女がそう口にする以上、それなりに名の売れた、もしくは腕の立つ傭兵だったのだろう。王国の本気具合が分かるな。

 それに、リーゼロッテに刺客を放っている以上、捕えられた公王たちがどうなったか……。恐らく、生きてはいないだろう。

 しかし、本来格下である筈の公国相手に奇襲戦を挑み、確実に滅ぼそうとするとは。よほど公国を、それともリーゼロッテの武名を恐れたか。

 だが、王国の懸念は当たっていたともいえる。何せリーゼロッテは首都陥落時に多少負傷したとはいえ生き延び、追撃に放った傭兵団も――こちらがほんの少し協力したとはいえ――壊滅させている。しかも、公王を始末したとすれば、彼女が多分最後の血脈でなおかつ姫騎士として民たちの人気も高いとなる。つまり、王国は公国を滅ぼすことはできたが内部に潜在的な不穏分子を抱え込んだことになる。あちらからすれば踏んだり蹴ったりだな。

 そして、それはこちらにも言える。そもそもリーゼロッテの追撃に正規兵ではなく、傭兵に行わせたこと自体がおかしい。多分だが、王国首脳部は追撃を出しても返り討ちにあうだろう、と思ったんだ。だから、被害が出ても王国には直接関係ない傭兵たちに、豪腕の某に任せたのだろう。

 リーゼロッテの首級を取れたなら良し。取れなくてもある程度の消耗を強いることはできる筈、そう判断して。そして、その消耗したリーゼロッテたちを今度こそ、自国の兵士たちに討たせる。そうすれば王国の武名は姫騎士を討ち果たしたものとして近隣に轟くこととなる。そうなれば、王国の仮想敵国である帝国相手にある程度有利な立ち位置に立てる。

 特に帝国は姫騎士を婚姻で囲い込むことで驚異を排除しようとしていたのだから、その驚きは一入だろう。しかし、幸か不幸か。リーゼロッテは追撃を振り切って生き延びてしまった。これだから運も実力もある相手、というのは厄介なんだ。

 そんな運も実力もあるリーゼロッテは、首都での出来事を話したあと、ふたたび沈黙している。いまだ、自身の身の振り方を悩んでいるんだろう。

 出来ればこちらの手を取ってくれるなら嬉しいのだが。そんなことを思いながら、俺はリーゼロッテからの返答を待つのだった。

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