第31話 ルードの嫁取りその2 女たちの格付け

 ルードのことはともかく、とりあえず村のダンジョン化について理解と説明は終わらせていたようで、住民たちも納得してくれた。ということで俺は先にそちらの方を済ませることにした。実際、いまの状況では声しか聞こえないものだから、あちらがどういう状況なのか理解できないし……。

 俺は頭がずきずき、と痛くなるのを感じて憂鬱になりながら作業する。……まぁ、作業自体すぐに終わるものであったのだけど。

 それが終わり次第、俺はダンジョンコアのナオに映像を繋げるように指示した。そして、俺の目の前に写し出された光景は――。


「もう、セラさん! あたしの旦那さまから手を離してよ!」

「はて? わたくし、なにも無体はしてないですよ。そちらこそ、ルードさまのことを想うなら手を離すべきでは?」


 ルードを間に挟み、まるで大岡裁きのように手を引っ張っている女性二人。片方は実際にルードが引き取り、嫁に娶ったファラ。そしてもう一人は、紫色の髪を腰まで伸ばし白の修道服を身にまとい、服の上からでも分かるほどたわわに実った胸、そしてぷりっとした安産型の尻を惜し気もなくさらしている妙齢の女性。それはまるで一人の男を取り合う女たちの痴情のもつれに見えて……。


「いや、ゴブリンだぞ……?」


 思わず突っ込んでしまった俺を悪く言うやつはいない筈。そう思ってしまうほどぶっとんだ光景が目の前で展開されていた。ほんと、どうしてそうなった?







 あの後、騒ぎを聞き付けた村長の手によって一応、一時的に騒ぎを収めることが出来た。その間にルードからことの顛末を訊いたのだが……。


「……つまり、なんだ? 先の傭兵襲撃。その時、ルードが件の彼女。セラさんを偶然助けて、そのことで惚れられた、と?」

「へ、へぇ。そのようで……」

「いや、なんでそんな自信なさげなんだよ」


 もっとも、話しているルード自身も目を右往左往させて困惑していた。お前が助けたんじゃないのかよ?

 そう思っていたわけだが、その理由を訊いて俺は頭を抱えたくなった。


「お前が無理して、その結果失う方がこちらとしては損失が大きいのだがな……」

「申し訳ありやせん……」


 まさか、功名を逸って無茶をやっていた、とは。まぁ、ルード自身は勝算をもって当たっていたようだから、あまりきつく言うつもりはないがなぁ……。

 ともかく、そのセラさんの話では男にさんざん嬲られ、用済みと殺されそうになった時にルードに助けられ、九死に一生を得た。という話だ。

 そう考えると、彼女からすればルードはまさしく白馬の王子さま。いや、この場合は狼に跨がるゴブリンさま、か? まぁ、そんな言葉遊びはどうでもいい。


 問題は……、いや、これ問題なのか?

 何だかややこしいが、ともかくセラさんはルードに惚れ込んでいて、俺があいつを特使のような形で戻したものだから猛アタックを仕掛けた。

 しかも、間が悪いことにルードが単身赴任のような形になるからファラが寂しがるかもしれないと思って、彼女を後から追わせるように開拓村へ送り出したものだからちょうどその場面に出くわし、修羅場が起きてしまった、と……。


 これ、原因。間違いなく俺だよなぁ……。

 最初の時点でルードともにファラも送り出していれば――。いや、それでもアタックを仕掛けていた可能性はあるか。そもそも、その程度で諦める想いならば、あのキャットファイト? は、起きてなかった筈だし。でもなぁ……。


「……で? 彼女は何者なんだ?」

「へぇ、それは――」


 どうやら、ルードの話では彼女は流浪の僧侶らしく、村に滞在中、運悪く傭兵の襲撃に巻き込まれたらしい。これもまた彼女からの話で、村の住人だったファラからも確認が取れている。

 彼女にとって運が良かったのか、悪かったのか。女性の尊厳をふみにじられた、という意味では間違いなく運が悪いし、ルードに助けられたという意味では間違いなく幸運だ。どう考えるかは彼女次第だな。


「とりあえずは分かった。それでルード。お前はどうなんだ?」

「どうって……」


 頭の上にぷかぷか、と疑問符を浮かべ首を捻るルード。俺は、はぁ、とため息を吐いて再度問いかける。


「だからな、ルード。俺はお前に彼女のこと、どう想っているのか、と言ってるんだ」

「と、言われましても……」


 苦虫を噛み潰したように、苦り切った表情を見せたルード。


「あっしとしちゃあ、あの女性ひとについて詳しく知りやせん。だから、どう、と言われやしても……」


 完全に困惑した様子のルード。まぁ、気持ちは分かる。いくら相手が美人とはいえ、自らモンスターであるルードの嫁にこようなど困惑しかない。考えを変えれば、それほどルードが慕われている、という証拠でもあるんだが……。

 ともかく、痴情のもつれの果てに刀傷沙汰が起きる前に解決しておく必要がある。と、言っても簡単に、なおかつすぐ解決させる方法ならある。だが、その為には一度ファラと話すしかあるまい。


「はぁ……」


 今後のことを考えると、どうしても俺の口からため息が漏れるのだった。






 正直、個人的には家庭内の問題に介入などしたくなかったのだが、それでも介入せざるを得ない俺はルードにファラを呼ぶように指示を出した。

 そして、ほどなく通信越しに現れたファラはガチガチに緊張していた。無理もない、あそこまでの醜態をさらし、なおかつ俺に知られてしまっているのだ。何らかの叱責、場合によってはルードと離縁、などという可能性が頭をよぎっているのだろう。


「……さて、ファラ?」


 俺が声をかけた際に肩をびくり、と震わせる。


「……は、はい」


 顔から、サァ、と完全に血の気が失せ青くなっている。今更ながら、きゃあきゃあ、と騒ぎを起こしたことを後悔しているのだろう。だが、正直そこを責めるつもりなど、俺はなかった。


「俺が以前、貴様に言ったことを覚えているか?」

「……? えっ、と。たしか――。あたしはルードの嫁であり、それ以上でも、それ以下でもない。……でした、よね?」

「覚えているならよろしい」


 そう、俺が彼女に求めたのはあくまでルードの女であること。それさえ理解していれば良い。ルードの足を引っ張ったり、増長してまつりごとに介入しようとしなければ、な。

 もし、そういうことをしようとするなら、最悪、ファラはせざるを得ない。そうしなければ、いつの日かダンジョンに災いをもたらしかねないからな。それさえ自覚していれば問題ない。


「――時に」

「……?」


 叱責されるわけでもなく、関係ない話をはじめた俺を不思議に思って首を捻っているファラ。だが、次の言葉を聞いて、彼女はぎぎぎ、と錆びた鉄のようにゆっくりとルードを見ることとなる。


「貴様の旦那さま。ルードのやつ、どうやら功名に逸る悪癖があるようだ」

「ちょっ、マスター!」

「……どう言うことなの、ルード?」


 昏い、ハイライトの消えた目でルードを見つめるファラ。ルードはだらだら、と汗を流しながら自身の女房を見る。


「や、ファラ。これには訳が――」


 そんなルードの言い訳に被せるような形で、俺はファラにとある提案をする。


「ルードがそんな悪癖を発露させるのも、貴様一人では重石が足りない。ということかもしれない。こちらとしても、こいつが死ぬのは損失でな。そのために、ちょいと重石を追加しようと思うのだが?」

「……それって」


 俺が言う重石、という意味を理解したファラは苦々しい顔になる。早い話がセラを、恋敵を娶らせよう、と提案している。否、通告しているのだから。

 だが、こちらとしても引き下がる訳にはいかない。セラ、流浪の僧侶をこちら側に引き入れるのは双方にとって利益となり得る。この双方とは、俺とファラ、という意味で、だ。

 そもそも、僧侶は神の奇跡。見も蓋もない言い方をすれば回復魔法が使える。それだけでも引き入れる価値はあるが、それ以上に――。


「なぁ、ファラよ。これは一概に悪い話ではないぞ」

「……むぅ」

「貴様がルードの子供を産むことが功績になるように、彼女の行動もまたルードの功績になる。そして、彼女は流浪とはいえ僧侶。身元がはっきりと保証された存在だ」

「……え、あっ、はい……?」


 俺の言っていることにいまいちピン、ときていないファラ。ただの村娘なら仕方ないことではある。しかし、ルード。後々、ダンジョンの幹部になる者の妻として、ある程度どういったことが必要になるか、把握しておかなければルードにとって意味のない重荷になりかねない。まぁ、ルード本人はただ単にファラを愛するだけで満足かもしれないが。


「……僧侶、という存在はそれだけで信用を持つ。つまり、門前払いになりづらい、と言うことだ」

「それって、つまり……」

「彼女には外交官。外向きの交渉人として励んでもらう。むろん、それで交渉が成功すれば彼女の、そして娶っていればルードの功績となる。そうすれば……」

「うぅ……」


 俺が言っている意味がようやく理解できたファラは悔しそうに唸っている。彼女の働きはどう頑張ってもファラでは成し得ないものだ。

 そして、同時に今後のルードに必要なものであるのも理解できてしまった。それを、個人の感情で否定する、というのは俺の釘刺し。ルードの妻以上にでしゃばるな。という警告を逸脱することになる。

 その果てにどのような結果が訪れるか、など彼女は良く理解している。だからこそ、否定など出来よう筈がなかった。

 もちろん、俺としても彼女に譲歩を強いる以上、こちらからも配慮するつもりだった。具体的には――。


「だが、あくまで正妻は貴様だファラ。セラはあくまで側室。そして奥、妻たちの管理も、子供と同じようにファラに一任する」

「えっ……!」


 俺の宣言にぱぁ、と明るい顔になるファラ。身分的に言えば僧侶のセラが正妻筋になるのが正しい。だが、敢えてそこを曲げてファラを正妻として認める。それが彼女への報酬だ。ただ、まぁ……。


「任せるのは任せるが、あまり暴虐に振る舞うなよ? そうなったら、こちらも考える必要が出てくる」

「はいっ……!」


 俺の指摘に、きりり、と顔を引き締まらせるファラ。これで大丈夫だと信じたい。

 そんな俺たちのやり取りを聞いていたルードがおずおず、と手を上げて訊ねてくる。


「あの、あっしの意思は……」

「ルード、良い言葉を教えてやる」


 それに嫌な予感を覚えたのだろう、ルードは冷や汗を流す。


「俺の故郷に『据え膳食わぬは男の恥』という言葉がある。……女に恥をかかせるな、ということだ。それにお前ほどの男、女の二人や三人、囲ってみせるだけの度量を見せてみろ」


 俺の指摘を受け、ルードは悄然として、がっくりと肩を落とすのだった。

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