第5話 ゴブリンのルード

 ……さて、いつまでも馬鹿みたいに笑っている訳にもいかないし、今後のことを考えるとするか。

 とはいえ、今すぐモンスターを強化、ということも出来ないだろうなぁ……。

 俺は残った2000DPを見ながら考える。


「ナオ、この2000DPで具体的にどこまで強化できる?」

「DPすべてを強化に注ぎ込むのは推奨できませんが――」

「それは当然分かってる。今後の指針を探るためにも、情報はひとつでも多い方がいい。ただ、それだけだ」


 さすがの俺も、そこまで馬鹿でも博打打ちでもない。

 DPはダンジョンの、ひいては俺の生命線なんだ。それを全部注ぎ込むのは愚か者がすることだ。

 ……まぁ、いよいよの時はしなければ、となるかもだけどな。やれやれだ……。


 先のことを心配しても仕方ない。神ならざる人の身では全てを予測する、というのは不可能だしな……。

 だめだな、どうにもネガティブな方に考えがよってしまった。今はそれよりも目先のことだ。


「それでナオ、回答は?」

「……2000DPであれば、いくつかの候補があります」

「ほう……?」

「まず、何らかのクラスを獲得させることが可能です。ゴブリンであれば、先ほどのゴブリンライダーの他に、魔法職のゴブリンシャーマン。遠距離、ならびに斥候のスキルを持つゴブリンアーチャーなどです」

「なるほど、それは心強いな」


 魔法職、魔法職か。まぁ、ダンジョンなんてものがあるんだから魔法があってもおかしくない、か。


「ちなみに、だが。ゴブリンと意志疎通をするため、こちらの言語を覚えさせるとしたらいくらかかる?」

「それでしたら500DPほどかと」

「……思ったより高いな」


 ゴブリン一体呼び出すのに50DP、だから実質ゴブリン十体呼び出すのと同等のコスト、か。そんなにするのかよ。

 だが、そんな俺の感想も続くナオの言葉で、文字通り手のひらを返すことになる。


「ですが、ゴブリン。即ちモンスターと人間の使う言語はまったく違うものです。それを習得させようとするならそれ相応のコストがかかるのは当然です」

「あぁ~~。確かに――? ん……? モンスター? ゴブリンだけでなく、モンスター全般なのか?」

「はい、その通り、基本的に同じです。違いがあると言っても、人間で言うところの方言の違い程度でしかありません」


 方言も方言でかなりの違いがあると思うが……。

 まぁ、それよりも今は言語習得をさせるかどうか――。


「それとマスター。補足として、消費DPを抑える方法もあります」

「なんだと……?」


 そんな方法があるのなら、早めに言ってほしかった。そんな俺の思いは露知らず、ナオは説明を続ける。


「先ほども言ったように、基本的にモンスター同士の言語は同じです。なので同じ技能、今回の場合は人間の言語を習得したモンスターが存在すれば、消費DPは半額の250となります」

「……ふむ、そんな手が――」


 いや、でも人間の言語を習得したモンスターなんていないが。……まて、まさか。


「……スケルトン、か?」

「はい、マスター」


 確かに、殺した侵入者の骨を使ってスケルトンを作ればモンスターと人間の言語を使える種を生み出せる。なら作る価値はあるか。……で、スケルトンを呼び出すのに必要な経費は――。


「――300DP、か」


 結果使用するDPは550。普通に言語を習得させるのとあまり変わらない、が。まぁ、スケルトンは言語以外にも使い道はある筈だ。やらない理由はないな。


「ではそれでいこう。それで、肝心の人骨は……」


 おぉ、おぉ。改めてゴブリンたちを見てみれば内臓をえぐり出して遊んでやがる。取り敢えず止めないとなぁ。

 俺はナオに手をかざしながら、ゴブリンたちに語りかけるように思考する。

 すると、ゴブリンたちはおもちゃにしていた死体から離れていく。

 そして俺はスケルトンを――。


「そう言えば、同じ技能を持つ種がいる場合、DP消費が軽減されるんだったな?」

「はい」

「なら、それは職業にも適応されるのか?」

「もちろんです」


 ナオの返答を聞いた俺は、予定を変更する。多少割高となるが、今後のことも考えてスケルトンではなく、スケルトンアーチャーを召喚。

 ……特に、問題はないようだな。

 スケルトンアーチャーの素材をおもちゃにしていたゴブリンたちも興味を失ったのか、やつに向かうつもりはないようだ。

 また、スケルトンアーチャー自身も思うところはないようだし……。

 そこで、俺はふと思ったことをスケルトンアーチャーに問いかける。


「貴様、生前の名は?」


 ――ハンス。


 ……ふむ、生前の記憶。この場合記録、か? は、存在するようだ。なら――。


「ハンス、貴様には聞きたいことがいくつかある。この後、こちらに来るように」


 ――了解。


「ふん、簡潔に答える。気に入らんな。まぁ、いい。今はそれよりも――」


 俺はホログラムに表示されているゴブリンたち。その中で気になった者へ目を付ける。生前のハンスに止めを指した個体だ。


「貴様にしよう。ナオ、やつに言語習得させる。今すぐにでも可能か?」

「はい、問題ありません。技能習得開始します」


 その言葉とともに、対象になったゴブリンは、ぺかぺか、と間抜けに光りはじめる。なんとも気の抜ける光景だ。

 そして、しばらくすると光が止む。すると――。


『ダンジョンマスター、感謝いたしやす。あっしにマスターの言葉を教えてもらって――』

「……あっし?」

『……? どうかしやしたか?』

「いや、なんでもない」


 さすがにお前の一人称に驚いた、何て言う訳にもいかんだろ。それよりも、なんか良い誤魔化しは……。そうだ!


「貴様、名前はあるのか?」

『いえ、ありやせんが……』

「それはいかんな、貴様は今後、コマンドウルフに騎乗する斥候隊を。そしてゆくゆくはもっと大きい部隊の指揮官を任せるつもりだ」

『なんですと……』


 俺の宣言に、言語を覚えたゴブリンは感極まっている。

 この宣言は嘘でもなんでもない。

 なにせ、今のダンジョンは人手が全く足りてないのだ。使えるもの、コストをかけたものは積極的に使わなくては。

 だが、その指揮官が名無しでは格好が付かない。だから、俺はこいつに名前を与えることにした。


「故に、貴様へ名を与える。貴様は今日からルード、と名乗るが良い」

『あっしに名前まで……』


 どうやらゴブリン。ルードは感動のあまり涙を流しているようだ。大袈裟な、とも思うがやつにはやつの価値観がある。そういうこともあるだろう。しかし、このままでは話が進まんな。強引にでも進めるか。


「では、ルード。貴様にも指令を与える」

『はいっ! なんなりと!』

「……そう気構えなくて良い。貴様もハンスとともに出頭しろ。今後について話がある」

『了解いたしやした!』


 ……やれやれ、このやる気が空回らなければ良いが。

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