第3話 違和感

 ――現地人にとって、かの洞窟はゴブリンなどの初級モンスターしか存在せず、しかも滅多に敵対行動を取らない、一言で言えば安全に戦いのやり方を学ぶことが出来る場所であった。

 それ故に油断もあったのだろう。しかし、それは本質的なことを忘れていた、ということでもある。

 ……そう、モンスターとは本来敵対するもの。己の命を脅かすものだということを――。




「ふへぇ、参った参った。いきなり降りやがって……」


 一人のずぶ濡れになった男が悪態をついていた。

 彼は、突然降り始めた通り雨を避けるため、モンスターが跋扈する洞窟に避難してきたのだ。

 普通に考えるなら自殺行為。しかし、その洞窟は普通ではなかった。

 なにせ、モンスターはいるものの、積極的に敵対することはなく、こちらがちょっかいをかけない限り、無視してくる。と、から。

 それが、彼の住む集落。いわゆる開拓村の常識だった。

 彼の開拓村は住民たちに恐れられていると呼ばれる国と、開拓村が所属している国家。アルデン公国の国境にあるのが彼の住む開拓村であり、日々貧しいながらも、慎ましやかに暮らしていた。

 そんな集落付近でダンジョンが発見されたのは偶然だった。


 発見された当時、開拓村は混乱に陥った。

 いくらゴブリンやスライムが初級モンスターだとはいえ、それは冒険者と呼ばれる戦える者が制定したランク。

 ただの開拓村に住む農民からすれば危険なことに違いはない。

 その中で彼は狩人として住民たちから頼りにされていた。

 その彼が確認したのだ。このダンジョンのモンスターは滅多なことでは人に危害を加えない、と。

 そして、彼自身も冒険者ほどではないが狩人としては手練れ。ゴブリン一匹程度なら遅れを取ることはない。

 ……そう、一匹程度なら。


「んぁ……? ゴブリン、か?」


 彼は呆けた声をあげる。

 ゴブリンがこちらを観察していたのだ。

 普段であれば、ゴブリンたちはたとえ洞窟に入ってきても、気にしてないとばかりに辺りを徘徊しているのが普通だった。

 そんなゴブリンがこちらに注目している。

 それを彼は、珍しいこともあるもんだ。と、楽観的に捉えていた。


 ……はっきり言えば、平和ボケしていた。

 今まで襲われなかったから、これからも大丈夫だろう、と。理由も、確証もなくそう

 それが間違いであるとも気付かずに。


「ん……? なんだぁ……?」


 遠目に見えるゴブリンのうち、一匹。その個体にスライムがじゃれつくように集まっていた。

 それは彼も見たことがない、異様な光景だった。


「なんだ? 共食いか……?」


 ゴブリンの身体がスライムに包まれていく。本来であればそんなことはあり得なかった。

 そも、モンスターと呼ばれる種族はモンスター同士で敵対行動を取るのはまれ、とされている。

 特にゴブリンとスライムは共生関係を取っている、という知識が一般的であり、敵対する、と考えることが既にあり得なかった。

 しかし、現実はどうだ?

 スライムがようにまとわりついている。


 ……本当なら、彼はこの時点で逃げるべきだった。そうすれば、では命を生きながらえることが出来た。


 スライムとゴブリンが共食いしている?

 とんでもない、彼らにそんな意図はなかった。ただ、彼らは――。


「……こっちに、向かってくる?」


 スライムに全身を覆われたゴブリンが、のしのし、と歩いて接近してくる。彼は、ゴブリンが自分に助けを求めているのか、と考えるが、それにしては歩みがしっかりしていた。

 この時点で、なにかがおかしい。と考え始めるが、既に手遅れだった。


 ゴブリンが剣を構える。……今まで見たことがない、明らかな敵対行動だ。


「そんな、バカな……?! くっ――」


 彼は背負っていた弓を構えると矢をつがえ引き絞る。だが――。


「くそっ、そういうことかよ!」


 そう、先ほどのスライムがゴブリンにまとわりついた理由。それは、スライムを即席の鎧としていたのだ。

 いくら、弓が剣より射程が長いといっても、あくまで命中したら、の話。

 全身をスライムでくまなく覆われたゴブリン相手では、分が悪すぎた。

 そしてさらに言えば――。


「ぐぁっ……! なっ――!」


 背後から衝撃。振り向こうとしても彼は振り向けない。なぜ……?

 彼は混乱しながら下を、己の身体を見る。そこには、自身の胴体を突き破って飛び出している錆びた剣が――。


「……が、ぁぁぁぁぁぁ――!」


 遅れて認識した彼は、刺された部分から熱のこもった痛みが奔る。

 ……熱い、痛い、痛いぃぃ――!


 完全に混乱している彼のもとにどんどんゴブリンが集まってきている。

 ゴブリンがスライムを鎧としてまとった。それは正しい。だが、それ以外にも意味があった。

 それは、見せ札だ。

 特異な行動をする個体を見せることで注意を引き、その間に他の個体たちが近づき攻撃。

 今までのゴブリンではあり得ない行動だった。


 即ち、先ほども言ったように、スライムとゴブリンが不審な行動をしている間に逃げるのが最適解だった。……もはや、遅すぎる話だが。

 胴体を貫かれた一撃で、既に彼は致命傷を負っていた。

 その証拠に、内臓を損傷したことで口から血が逆流し、吐血している。

 それでもまだ、ゴブリンたちとしては不足だったのだろう。

 彼らは狩人の両足に剣を突き立て、逃げられないように、というよりももはや立てないようにする。


「……ぎ、ぁ――」


 胴から、口から、足から流れ出る血によって出血多量になり、意識がもうろうとする狩人。

 彼が最後に見た光景、それは己の眼前に迫る剣と、それを嬉々として突き立てようとするゴブリンの姿だった。








「ふ、む……。意外と、なにも思わないものなんだな」


 始めての侵入者、ということもあって念のためダンジョンコアに命じてゴブリンたちの狩りを見ていたが……。


「まさか、あの程度の子供だましに引っ掛かった上に、あそこまであっさり終わるとは……」

「――今回の侵入者は、冒険者ではなく、あくまで農民。むしろ予定調和かと」


 俺の疑問に、ダンジョンコアはそう補足してくる。そんなものなのかねぇ……。


「しかし、それにしても危機感が足りなさすぎとも思えたが?」

「それは、このダンジョンがこれまで活性化状態ではなかったことが原因かと」

「活性化状態……?」

「はい。ダンジョンマスターが顕現し、ダンジョンの構築を始めた段階のことを言います」


 ふむ……。つまり、ダンジョンコアは、今まで俺が、ダンジョンマスターがいなかったから油断していた、と言いたいのか?

 ……まぁ、良いさ。楽に終わる分には大歓迎だからな。

 それよりも……。


「いくらダンジョンマスターになったとはいえ、同族殺しをした筈なんだがなぁ……」


 男がゴブリンに殺される姿。しかも、俺の命令であるというのに、なにも感慨も、罪悪感もわかないというのは――。


「まぁ、ストレスで頭がおかしくなるよりは、はるかにマシだが……。今は、それよりもどれだけの稼ぎになったかを確認するか」


 そうして俺は細切れに解体された男の映像から目を離すと、今回の報酬について確認作業を始めるのだった。

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