五億年雀荘

人民の青旗

第1話

「五億年ボタン?」


俺の問いに悪魔は頷いた。


「そうだ。こいつを押すと何も無い部屋に飛ばされて五億年間そこで生きて貰うことになる。見事やり遂げたら百万円だ。」


「百万か…。」


言外に報酬が安いと言っているのを見透かしたのだろう、悪魔はさらに言い募る。


「ああ、だが今はキャンペーン中でな。今ならなんと…」


そもそも五億年ボタンにキャンペーンとかいう概念あるのかよとは言わずに言葉を待つ。


「好きなものを一つ選んで持って行けるぞ。」


そっちにテコ入れするのかよ。


「何でも、か?」


「ああ。何でもいいぞ。スポーツでも娯楽でも。相手が必要ならこっちで用意する。」


ノルマキツいしこれくらいはな、と悪魔が悲しき裏事情を呟いたのは聞かなかったことにして、しばし考え込む。もうこの時点で行かないという選択肢は無くなっていた。



二分後、俺は麻雀卓を持っていきたいと言った。


「…。」


「無理か?」


「いや、出来るが…。娯楽でもいいとは言ったが、本当に娯楽を選ぶやつがいるとは。」


大多数は本だのコンピューターだのを選ぶんだろうな、とは思ったが、そんなもので五億年間暇をつぶせるとは思えなかったので素直に娯楽を選ぶことにした。麻雀なら何とかなるかと聞かれれば分からないと言うしかないが、百万年くらいは何とかなるんじゃないだろうか。


「よし。準備しておいた。覚悟が出来たらこれを押せ。」


しばし悪魔は虚空で右手を動かした後、何処からかボタンを取りだした。


差し出されたボタンを、俺はなんの躊躇いも無く押した。






気がつくと俺は白い空間にいた。目の前にいた悪魔も、慣れ親しんだ自分の部屋も無くなっていた。



代わりに俺のすぐそこには──麻雀卓があった。


しっかりと全自動なその麻雀卓の横には四つ席が置かれていた。



しっかりと注文通りなのを確認して、席のうち一つに座る。


すると何処からか現れた黒い三つの人型が空いている席に座ってきた。



なるほどこれが同卓相手という訳か。確かに人間だとは言っていなかったなと悪魔の言を思い出す。


しかし相手になってくれるならいいかと割り切って俺は中央のボタンを押した。







一週間が経った。この世界では排泄欲も睡眠欲も食欲もないため注意が散漫にならず、その結果ぶっ通しで俺は麻雀を打ち続けていた。


黒い人型たちも最初に戦った時はかろうじてルールを知っている程度の打ち方しかしてこなかったのが、俺を見て学習したのか少しずつ打ち方が改善されてきていた。


悪魔は人を模す機能はつけてくれなかったが学習機能はつけてくれたらしい。気遣いに感謝しつつ、俺は意識を目の前の局へと引き戻した。






一年が経った。半年ほどやったところでローカル役の導入を提案したところあっさりと受け入れられた。その時に気づいたのだがこの黒い人型の奴らは別に喋れないという訳ではなく、それまで俺が話しかけなかったから喋っていなかっただけだったのだ。


それ以降は積極的に、(対局に問題ない程度だが)話しかけ、楽しく麻雀をやっていた。


俺は自分の境遇に感謝すると共に、今しがた振り込んだ筋引っ掛け16000を支払うため点棒を取り出した。これも俺が教えたんだったな…







十年が経った。三麻も取り入れ始め、1人抜けて貰って打ったり自分が抜けて打ち方を見たりと楽しくやっていた。


人型たちもだいぶおしゃべりになり、罵りあったりジョークが言い合ったりしながら楽しく打っていた。この頃にはもう人ですらない相手にも友情を抱くようになっていた。



そして今しがた、純正九連宝燈が出たと歓声が上がった。


目の前のやつは大三元テンパっていたが…俺は人型の肩?を叩いてから、純正九連宝燈を見に行くことにした。







一万年が経った。この頃になってくるとお互い気心が知れた所では無い数を同卓しているので完全に手牌が予測できるようになってくる。


当然相手の人型達もそれは同じなので、結果としてもはや未来を読むレベルでの攻防が行われていた。


嵌張待ちや辺張待ちも当たり前のように使われ、もはや牌効率理論はこの卓の中では頭の片隅に留めておけばいい程度になっていた。


俺の迫真の親東刻子落としもおそらくは何かしらの新理論なのだろう。



半泣きで俺はオリのことを考え出した。




百万年が経過した。ここ千年ほど、俺たちは麻雀を休憩し、代わりに如何に麻雀牌で美しき模様が作れるかというコンテストに精を出していた。


第二百回目のコンテストを前に俺たちの作品への意欲も最高潮だ。


人型たちの美的センスは何処から来ているのか、なかなか素晴らしいものが多く、優勝回数では俺が一歩劣るという状況だ。


しかしそれでも、諦めることはしない。この苦悩の先に、素晴らしい作品があると信じて…



一億年経過。


もはや麻雀は単なる遊戯ではなく、それを通して哲学的・形而学的な真理を探求するための営みとなりつつあった。


彼らの思考は目先の牌にも、ゲーム全体にすらなく、世界全体の真理、存在への疑問へと注がれていた。それらは到底人智が及ぶべくもない。俺は六倍役満に放銃した。




五億年経過。



ああ。そういうことだったのか…。


帰還前最後の対局を終え、俺はこの世界の全てを理解するに至っていた。ちなみに最後の対局も普通に負けた。


徐々に薄くなりながら、俺に手を振る彼らを見て俺の目からは一筋の涙が伝っていた。




気がつくと俺は元通り自分の部屋にいた。悪魔の姿はどこにもなく、机の上に100万円が置かれていた。そしてなぜか目からは涙が零れていた。俺は失った記憶の喪失感に耐えられず、その札束から何枚から抜き出すと、雀荘へと走った。



そして​───────


「天和。16000オール。」


親役満に点棒を支払うため16000分を取り出し、そこで俺はまた泣いた。


































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