第11話 決着

「全日本アイドル・クイーン・フェスティバル」はクライマックスに近づきつつあった。

 十二位、十一位、十位と発表は進み、ついに一桁台へ。

 司会者が名前を読み上げるまでの絶妙な間が、否が応でも観客の興奮を煽り、会場はますますヒートアップしていく。

 九位、八位、七位。

 萌菜の名前は読み上げられない。

 さらに六位、五位、四位。

 まだ萌菜の名前はない。

 このまま最後の一人になるまで読み上げられないでほしい。

 萌菜は切実にそう願うしかなかった。

 司会者が会場の熱気を鎮めるように、たっぷりと時間をかけて周りをぐるりと見渡してから、一転して軽快なテンポで話し出す。

「みなさん。残すところ、あと三名の発表を残すのみとなりました。

 残された可能性はわずか六通り。

 みなさまの予想はいかがでしょうか?

 三位は? 二位は? そして一位は?

 見事にクイーンの座を射止めるのは誰なのか? 

 やはり、あのメンバーが三連覇を果たすのでしょうか? 

 はたまた、対抗馬のあのメンバーがついにクイーンの座を手にするのか?

 いやいや、ダークホースのあのメンバーの大逆転はあるのか?

 わたしももちろん、結果は知らされておりません。

 興奮に体中が震えているのであります。

 そして、忘れてはいけない。

 ここで重大発表を付け加させていただきます」

 そう言って司会者は厳粛な面持ちのまましばし口を閉ざしていたが、急におどけた表情に変わって、

「みなさん、お待ちかねのアレでございます。

 今や恒例となりました、クイーンによる水着姿でのライブ!

 今年ももちろん、やります! 

 ですから、会場にいる方はもちろんのこと、テレビの前のみなさんもぜひ最後までご覧ください。

 以上、重大発表でございました」

 そう締めくくると、司会者は格式ばって深々とお辞儀をした。

 緩急を自在に織り交ぜた司会振りに会場の雰囲気が自然と和む。

 イベントのラストを飾る、水着でのソロのライブ。

 四年前、あるアイドルが一位欲しさに「わたしがトップになれたら、水着でソロライブをします!」と宣言し、クイーンの座を獲得したことがあった。

 その公約を実行した結果、思いのほか瞬間視聴率が上昇し、それ以来、恒例の目玉企画となったのである。

 その当事者になるかもしれない萌菜からすると、視聴率欲しさの少々あざとい企画には思えるけれど、優勝の喜びに満たされながら大観衆を前に一人でパフォーマンスを繰り広げるのも悪い気はしないのかもしれないとも思う。

 だが、今の萌菜には、いざ自分がその場に立ったとき、どうやって観客を魅了してやろうなどとプランを練る余裕はまったくない。

 テレビカメラを意識して普段の手慣れた笑顔を作っているが、血管が浮き出るほどぎゅっと握り締めた手の内には、汗がじっとりと浮かんでいる

「それでは、三位の発表です」と司会者が重々しく告げる。

 それから充分な間をあけ、会場全体の興味を引きつけておいて、おもむろに口を開く。

「獲得票数、十四万二千九十八票・・・」

 大丈夫だ。

 その瞬間、萌菜は少しほっとした。

 去年のわたしの票数を下回っている。

 わたしが前回より票を落とす要素は見当たらないのだから、わたしの順位であるはずがない。

 果たして、萌菜の予想どおりだった。

 三位として名前を読み上げられたのは、萌菜ではなかった。もちろん、水島瑠璃でもない。

 萌菜はまだ自分の名前が残っていることに安堵したがそれも束の間、三位のメンバーがスピーチを披露している最中にも、萌菜の緊張は極限まで高まっていく。

 これで、前回と同様、水島瑠璃との一騎打ちとなったのである。

 心臓は胸が痛くなるほど激しく鼓動を刻み、嘔吐感が止まらない。

 スピーチの内容もまったく耳に入らなかった。

 時間の感覚が麻痺してしまった萌菜だったが、スピーチを終えてステージを堂々と去る姿に惜しみなく送られた万雷の拍手の音に、ようやく我に返る。

 しばらくの間、拍手の鳴りやむのを冷静に見守っていた司会者が、「いよいよ、二位を発表いたします!」と今日一番の大きな声を張り上げると、再び歓声が上がり、観客のどよめきも最高潮に達した。

 それもそのはずで、候補者は、あと二人を残すのみ。

 二位の名が読み上げられた瞬間、必然的に一位が確定するのである。

 前回の萌菜の獲得票数は、十五万六千七百八十票。

 対して、瑠璃は、二十二万三千五百十七票。

 この一年間、順調な活動を維持し続けてきた瑠璃は、さらに票を伸ばしてくるに違いない。

 だから、自分が逆転するには、最低でも前回の瑠璃の票数を上回るしかない。

 従って、これから発表される二位の獲得票数がそれ以下ならば、自分の敗北は確定・・・

 そう考えざるをえない今の萌菜には、期待よりも不安がその心をはるかに大きく占めていた。

 思わず、目を閉じる。

 暗闇に次々と浮かび上がっては消えていくのは、母親、二人の姉、そして萌菜を置き去りにした父親。さらに、自ら命を絶ったあの少年・・・

 怖くなって、はっと目を開ける。

 そこで萌菜が目にしたのは、真っ白な封筒に司会者がハサミを入れている光景だった。

 ゆっくりと時間をかけて、そろそろと中の紙を取り出していく。

 そして、しばらくじっとそれを見つめてから、叫ぶようにその言葉を発した。

「獲得票数、十六万八千五百七十八!」

 ああ、終わった・・・

「『全日本アイドル・クイーン・フェスティバル』の第二位は・・・」

 お願い。時間よ、止まって・・・

「『レインボー』所属、水島瑠璃!」

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