第6話 覚醒
三年目に入ると、萌菜の焦りはますます強くなっていく。
中学三年生になり受験を控える年となった。
自分は今のままでいいのだろうか?
将来に備えて、学業に専念して少しでもレベルの高い高校に入って、それなりの会社に就職することを目指すべきなのかもしれない。
グループを「卒業」する、すなわちアイドルを引退する…
そんなことを考えるようにもなった。
萌菜の悩み苦しむ姿を見かねてか、ある日の就寝前、母親がこんなことを言った。
「萌菜、もういいんじゃない?
あなたは十分にがんばったわ。
人生はね、まだまだ長いのよ。
あなたはとっても若いんだし、今からだっていくらでも別の道を歩きだすことができるのだから…」
そう慰められて、かえって萌菜の心に火がついた。
自分たち家族を置き去りした父親、親子四人がぎりぎりに切りつめて食いつないだ貧しい生活、そして自分を虐めた小学校のクラスメート達。
それらすべてを見返してやりたい。
改めてそう思った。
負けたくない。
絶対にアイドルとして成功してやるんだ。
萌菜の中で何かが吹っ切れた。
それからの萌菜は、SNSで今までの境遇を赤裸々に発信するようになった。
両親の離婚、貧乏生活、小学生時代のイジメ。
すると、それが「ファータ・フィオーレ」のファンの間で多少の注目を集めた。
しかし、最初のうちは、同情の声はあったものの、野次馬的に興味本位で眺めている印象が強くてファンを増やすまでには至らなかったのだが、この機を逃すまいと萌菜は勝負にでた。
それには多大な勇気を要したのだが、自分の経験談を時には笑いをまじえて語るようにしたのである。
すると、みるみるうちに注目度・好感度が上がり始めるのを実感した。
特に女性のファンが増えていった。
SNSの拡散力には、萌菜自身も驚くほどだった
ブログに対するコメント数、ツイッターのフォロワー数、動画配信の視聴者数、有料メール会員の登録者数。それらことごとくが飛躍的に上昇し、握手券も完売になることがでてきた。
そういった現象と足並みを揃えるように、萌菜の心境にも自然と変化が生まれていく。
今までの臆病さが嘘のように自信がみなぎり、その自信が劇場公演でのパフォーマン向上につながって、ファンやスタッフの評価が高まった。
その確固した評価が、萌菜に気持ちの面で余裕をもたらし、普段の表情も明るくなって自然で魅力的な笑顔を見せられるようになった。
ファンがアイドルとしての火野萌菜に何を求めているのか、客観的に分析できるようにもなり、その分析結果を的確に生かす表現ができるようにもなっていって・・・
ついに萌菜は、アイドルとして開花し始めたのである。
今までの停滞ぶりがまるで幻であるかのようだった。
実績に裏打ちされた萌菜は、初めて確信を抱いて三回目の「全日本アイドル・クイーン・フェスティバル」に挑む。
その結果、二十八位で初ランクインを果たした。
この日の深夜、自宅に戻って母親の手料理を食べ、家族みんなが涙を流しながら今までの苦労に満ちた思い出を語り合った。
五年前に父親がいなくなって以来、初めて萌菜が感じた幸せな一日だった。
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