第5話 停滞
萌菜は東京の小学校を卒業し、中学に進学。
その年の五月にアイドルグループ「ファータ・フィオーレ」のメンバーとしてデビューした。
加入前までは、容姿にそれなりの自信を持っていた萌菜だったが、いざアイドルの世界に飛び込んでみると、自分の平凡さを思い知ることとなった。
萌菜は幼少の頃から大人びた顔つきをしていたのと、小学五年生の時点で身長は百六十一㎝に達していたので、グループに加入する前から近所の大人や同級生などから、将来はモデルになれるんじゃないかという評をたびたび耳にしたものだ。
萌菜自身もすらりと伸びた足の細さには自信を持っていた
だが、そんな特徴を備えたメンバーは周囲にいくらでもいる。
自分以外のメンバーが宝石のようにまばゆい輝きを放っているのに、自分だけがその辺の空き地に転がっていて誰からも顧みられることのない石ころのように思えて落ち込む毎日だった。
それでも、アイドルとして成功したい、応援してくれる家族を喜ばせたいという一心で気持ちを持ちなおした。
だが、気持ちだけではどうにもならない。
大勢のメンバーが在籍する中で、自らの存在をアピールする術もわからず、ただただ流されるように劇場公演やファンとの握手会を必死にこなすのが精いっぱいだった。
そうしているうちに、萌菜のアイドルとしての一年目はあっけなく過ぎていった。
初めて「全日本アイドル・クイーン・フェスティバル」にエントリーしたものの、当然のように結果はランクイン圏外だった。
二年目を迎えても、萌菜は相変わらず劇場公演や握手会が中心の活動に明け暮れ、メディアへの露出はほとんどなかった。
しかし同期のメンバー間でも確実に格差が生まれつつあり、テレビや雑誌の仕事が入ったりシングルCDの歌唱メンバーに抜擢されるメンバーも現れだして、萌菜は焦りを感じた。
アイドルは、「わたしがわたしが」の世界である。
誰もがグループの中心に君臨したい、テレビにたくさん出演して有名になりたいと野心を抱いている。
かといって、お互いが足を引っ張り合うだけで結束力がなければ、グループとしての魅力は失われ、芸能界という大海原の底に沈んでしまうだけだ。
だからメンバーは共に戦う同士でもあり仲間であることに間違いはなかったが、また同時に自分以外はライバルでもあった。
先輩を押しのけ、周りを蹴落としてでもはい上がっていく。
そんな強い覚悟が必要だったのだが、それを身につけるための前提条件が萌菜には欠けていた。
それは自信である。
容姿、歌唱、ダンス。どれをとっても、自分は突出した才能を持ち合わせていないと萌菜は自覚していた。
また、今までの境遇が萌菜の心に暗い影を落としてもいた。
そのことが自信のなさにつながり、自分の殻を打ち破ることができなかったのである。
アイドルとして二年目の活動も無為に過ぎ、その年の「全日本アイドル・クイーン・フェスティバル」もやはりランクイン圏外に終わった。
会場では二十八位が発表された。
獲得票数、二万七千八百七十三票。
直後、会場内は意外な結果に騒然となった。
名前を読み上げられたメンバーは呆然とした表情の後、引きつった笑みをかろうじて浮かべていたが、やがて首をうなだれて両目からは涙をぼろぼろと流し、椅子から立ち上がることができない。
両肩が激しく上下しながら小刻みに震えている。
萌菜と同じ「ファータ・フィオーレ」のメンバー。
毎年、着実に順位を上げ、前回は十一位にまで上りつめていた。
急降下の失速。
どうしてファンが離れてしまったのか。なにがいけなかったのか。自分にはなにが不足していたのか。
名前を呼ばれた後の一瞬のうちに、考えても考えても答えの導き出せないそんな問いが頭の中をかけめぐり、混乱をきたしているに違いない。
移ろいやすく形の見えない人の心をつかむこと、つまりは人気を得ること。
そのために、数知れぬ分岐点を自らの意志で進んでいく。
なにを選択すれば正解なのかわからないままに。
アイドルの世界は、一寸先は真っ暗闇・・・
悲嘆にくれるあの子は、ありえたかもしれない自分の姿なのだと萌菜は思うのだった。
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