実践
完成した巨兵用の矢へ、いかにも頑丈そうな革製のベルトが、下から二本ばかり通される。
ベルトの先を、下っ端らしき人たちがそれぞれに掴み、四人がかりで外へと運び出していった。
そして、矢が運び出された後には、再び例の三等品だという魔水晶が置かれ、魔術師たちが念を送り始めるのだ。
「巨兵を造る時っていうのは、どんな感じでやるんだ?
やっぱり、こんな風に一瞬なのか?」
そんな光景を目にしながら、クリエルに説明を求める。
もちろん、作業している人々の集中を邪魔しないよう、小声であった。
「さすがに、巨兵ともなると、そう簡単にはいきません。
王都の工廠で、もっと大規模な魔法陣を使い、魔術聖や一等魔術師が、十数人がかりで生成を行います。
まずは、操縦席周り……。
それから、胸部、腰部、左脚、右脚……という順に生成していって、一体の巨兵が完成するまでに、およそ三週間から一ヶ月はかかりますね」
「ふうむ。
早いのか遅いのか、判断付きかねるな」
顎に手を当てながら、考え込む。
宇宙戦士シリーズにおいては、ライバルが逆襲する劇場版で、主人公が製作開始から一ヶ月足らずで自分の専用機を受け取っていたんだよな。
確か、あれは詳しい人から見たら、あり得ないくらい早いと言われていたはずだ。
と、なると、地球の兵器製造から考えたら早いのだろう。
いや……劇場版で主人公が受け取った機体はワンオフだから、事情が異なるのか?
まあ、結局のところ、帝国側も条件は同じなのだろうから、地球に比べて早かろうが遅かろうが、あまり意味はないのだが……。
「……ん?」
と、そこでクリエルが俺を見つめていることに気づく。
しかも、ただ視線を送っているのではない……。
両手をわきわきとさせながら、何やら期待の光に満ちた視線を俺に向けているのだ。
「どうしたんだい?」
「いえ……。
是非! タチバナ様が生成しているところを見てみたいなって!」
どういう意味か気になったので聞いてみると、とんでもない爆弾発言が返ってきた。
いや、生成しているところを見たいと言われても困る。
俺、このクリメイションという行為は、ずぶの素人……でも、ないのか?
「そういえば……。
確かに、気になるな。
俺が巨兵に乗って、そのクリメイションというのをやった時は、魔法陣も何もなく、しかもごくごく短時間で終わった。
一から生成するんじゃなく、大元になる巨兵があったにせよ、だ」
そこのところの違いは、検証する必要がある。
まさか、異世界転移モノの主人公に授けられる特典というわけでもあるまい。
そんなもんがあるなら、いらないから家に帰らせて欲しい。
「そうです!
さっきも言いましたけど、それはあり得ないことなんですよ!
見ての通り、ただ矢を生成するだけでも、こうやって数人がかりなんですから!
是非、改めてクリメイションに挑戦して、わたしたちに格の違いを見せつけて下さい!」
興奮したクリエルの言葉に……。
何だ何だと、周囲の視線が集まり始めてしまう。
そりゃ、格の違いを見せつけるだの何だのと言われたら、そうもなるだろう。
勘弁してくれよ。
これ、もうやるしかないし、やって失敗したら、すごく恥ずかしい感じのやつじゃないか。
が、文句を言っても仕方がない。
先に考えた通り、検証する必要がある事柄であり、その手段が提示されているのだ。
ならば、恥とかそういうのは置いておいて、ひとまずは挑戦してみるべきだろう。
「……分かった。やってみるよ。
ただ、三等品だか何だか知らないが、戦略物資なんだろう?
それ、勝手に使ってもいいのか?」
「確かに、貴重な品ではありますね。
帝国と違って、エルメリアは自領にニクスライト鉱石の鉱脈がありませんし」
おい、さらっと爆弾発言が出たぞ。
それって、石油がないのに産油国相手の防衛戦をするくらい無謀な行為じゃないのか?
俺、それとよく似た状況の国家を知ってるんだけど。
大日本帝国っていうんだ。ハハハハハ。
……笑っている場合じゃない。
いかん。こいつは、いかんぞ。
勇者として召喚されたんだか何だか知らんが、意地でもこの国がやってる戦争に巻き込まれてはならない。
見ず知らずの異世界国家と心中なんて、俺はごめんだぞ。
「ですが、問題ありません!
今のところ、海上貿易を使っての供給は安定しています!
エルメリアが落ちてヴァルキア帝国がますます力を付けてしまったら、諸外国も困ってしまいますから!
それに、タチバナ様がクリメイションする物なら、無駄になるはずがありません!
きっと、父も許容してくれます!」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、クリエルが早口でまくし立てる。
「と、いうわけで!
早速お願いします!」
そして、三等品の魔水晶を俺に手渡すと、自分はやや距離を取ったのであった。
気が付けば、クリメイションに取りかかっていたはずの魔術師たちも手を止め、俺のことを注視している。
誰も止めにかからないのは、クリエルの親父さんが指揮官であるからか、俺に関してお触れでも出ているからだろうか。
「ふうむ……。
まあ、やってみるか」
さっき見てた感じだと、呪文の類が必要なわけではない。
と、いうより、そういう呪文が必要だったなら、俺はあの時にラーバの頭部ごと叩き潰されていた。
だから、必要なのはイメージだけ。
イメージ、か……。
ひとまず、シールドだな。
矢が突き刺さったアルタイルのシールドを交換したい。
そう考えた瞬間……。
脳裏によぎったのは、作中でシールドが使われた数々の場面だ。
敵のビームから機体を守り、端の部分が溶解……。
あるいは、ミサイル群に対する囮として使い捨てられ、爆散。
接近戦においては、敵のブレードを受け止めた結果、半ばまで切り裂かれる……。
そんな活躍の数々である。
そう、これは立派な活躍だ。
リアル系ロボットアニメの金字塔たる宇宙戦士シリーズであるから、そうそう、機体を大がかりに破壊することはできない。
何しろ、主人公機たるアルタイルは試作機だ。
三機存在した内の一機を部品用にバラしたとはいえ、換えのパーツは潤沢じゃない。残る一機は、支援企業へデータ取り用に提出したしな。
そこで、シールドの出番だ!
本体と同じ装甲材を用い、当然ながら本体以上に頑丈なそれが破損する様を見せることで、攻撃の威力と危機感が強調される。
単純な構造のシールドなら、次から次へと補充されても、さしたる違和感はないしな。
シールドこそ、リアリティを担保しつつ、フィクションの面白さも追求させてくれるマストアイテムであるといえよう。
そんな風に、シールドの大きさからカラーリング、質感に至るまでを事細かく連想していく。
古いアニメということもあり、本編では誤摩化されがちな裏面のディティールも、プラモのおかげで詳細に思い描けた。
――キイイイイイン!
耳鳴りと共に、脳の奥底をかき回されるような感覚がしたのは、その時だ。
「――おおっ!?」
俺は、慌てて跳び退く。
何故なら、手にしていた魔水晶が輝きを放ち、急速に体積を増したからである。
魔水晶はすでに俺の手を離れ、大きさばかりでなく、その形状をも変えていき……。
地面に転がったのは、新品の――シールドであった。
危ねえ! 潰されるかと思った!
「す、すごいです!
普通、魔法陣の補助がなければ、歪みとかが出るのに、これにはそれがまったくありません」
ヒヤリがハットしてドキドキする俺をよそに、クリエルが興奮の声を上げる。
それは、他の魔術師たちも同様であり……。
俺が生み出したシールドは、しばし、好奇の視線を集め続けたのであった。
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