生成
野戦の陣地だというのに……。
いや、野戦の陣地だからこそか?
陣地の中には、広々とした陣幕を用いた簡素な風呂が設けられており、俺はそこで汚れを落とすことが出来た。
イメージとしては、自衛隊が災害時などで設営する仮説の風呂に近いな。
ま、あっちと違って、こちらは木製の浴槽に、すっごく原始的なボイラーを取り付けたものだが。
ちなみに、体を洗うのはヘチマで、動物の脂か何かが原料なのか? やたらと臭いのきつい石鹸で、髪からつま先までを洗う方式だ。
まあ、石鹸があるだけでもありがたい。こいつはドクターなストーンである。
ちなみにを続けると、風呂は俺の貸し切り状態だ。
まあ、追撃戦の真っ最中か、それを終えたところだろうからな。
前線も後方も、のん気に風呂入っている余裕はないだろう。
それでも沸かしておいたのは、疲れ切った兵をすぐにでも癒せるようにという配慮に違いない。
「こちら、着替え置いておきますね!」
脱衣所からクリエルの声が響いたので、思索を打ち切り、浴槽から出る。
「うん! 似合ってます!
背丈が似てる人のを拝借して、正解でした!」
着替えて出てきた俺を見て、満足そうに腕組みしたクリエルがそう言い放った。
「そうか。
自分では、よく分からないな」
自分の体を見回しながら、つぶやく。
彼女が用意してくれたのは、陣中で見られた士官服みたいなのと同じものだ。
ただ、大多数の人が着てたものに比べると、少しだけ装飾が多いように感じられるな。
ありがたいのは靴があることで、インソールなどという気の利いたものはないが、なかなか頑丈そうな革ごしらえである。
「一等重騎士のものです。
……って、言っても分からないですよね?
軍では、巨兵中隊を率いるような立場です」
宇宙戦士シリーズだと、大尉くらいの階級かな?
……ここで、現実の軍隊ではなく、ロボットアニメの軍隊を参照してしまうのは、オタクの悲しさといったところか。
で、俺が気になっているのは、服を着る人の偉さではない。
これを所持していた背丈の似ている人が、どうなっていらっしゃるのかということだ。
「これ、持ってた人はどうなったの?」
だから、素直に聞いてみたのだが……。
「あー……。
立派に戦いました」
「あ、そう……」
二階級特進――この世界にそんな制度があれば――されていたらしい。
うーん。隣り合わせの死。
何だか、こっちの死生観まで狂ってくる……いや、染められちまいそうだ。
「と、とにかく!
野戦工房に案内しますね!」
「ああ……そうだな!」
考えても仕方ないことからは目を逸らそう。
今はクリメイションの知識を得ることが先決だと、俺はうなずいたのである。
--
工房、と聞いて、俺はものものしい工場のようなものを連想していたのだが……。
そこは、野戦用の仮拠点ということだろう。
陣中から少し離れた所にあったのは、やはりただっ広い陣幕に覆われただけの簡素な場所であった。
ただし、中で行われていることは、極めて興味深い。
「……なるほど。
靭帯って言ってたけど、巨兵はああいう金属製の筋肉を収縮させて動いてるんだな。
骨格がないから、構造的には昆虫と近いか……」
そう、中では傷付き、後退してきた巨兵たちの整備と修理が行われていたのだ。
主に行われているのは、破損した部品の交換で、例えば、俺が指差した機体は、左腕を肩口から交換しているところだった。
どのようにやるかといえば、いかにも作業用といった色合いを感じる巨兵が換えの腕を保持し、剥き出しとなった金属製の筋肉を、クリエルそっくりな格好をした人たち――魔術師か――が足場に乗って繋ぎ合わせるといった方式である。
……どうでもいいが、全長九メートルはあろうかという巨体が中にいるので、当然ながら、膝立ちでいようと上半身部分は陣幕の上に出ていた。
この布切れ、位置決め以外の意味はあまりなさそうだな。
「さすがです!
一目見ただけで、そこまで言い当てるなんて!」
目を輝かせ、興奮した様子のクリエルが俺を褒め称える。
いやあ、ロボットモノっていっても、色々あるからな。
その知識に照らし合わせただけだ。
「……と、興味があるのは、クリメイションの方でしたよね?
こちらです!」
彼女に案内され、陣幕の中を歩く。
内部は人より物といった様子で、なかなかに殺気立っていたが……。
その一角のみは、静謐な雰囲気を漂わせていた。
草が生い茂った地面の上には、真っ白な布が敷かれ……。
その布には、何やら細かな文字がびしりと……幾何学的に配置されている。
中央部には、ほんのひと欠片……緑色に輝く石が配置されており……。
数人の魔術師が、それを取り囲んでいた。
彼ら彼女らは、何やら目をつむり、魔法陣じみた配置の文字へ手をかざしていたが……。
ふと、異変が起こる。
中央の小さな石が、ぱあっと不思議な輝きを放ち……。
そのまま、明らかに体積を増し、形が変わっていく……。
やがて、光が収まり……。
そこに現出していたのは、巨兵が使っていたボウガンの矢であった。
なるほど、魔水晶のまま運んだ方が、運搬しやすいと言っていたが……。
その理由が、これか。
今回、使われていた魔水晶とやらのサイズは、巨兵の操縦に用いられるそれより、明らかに小さい。というか、石ころサイズだ。
それが、大の大人一人分はあろうかという長さの矢に変わるのだから、これは石のまま運んで、現地で消耗品に変えた方が合理的だろう。
「いかがですか?
これが、クリメイションの現場です!」
腰に手を当てて、さして豊かでもない胸――触っちゃった時に感触でも理解した――を張るクリエルへ、早速いくつかの質問をする。
「今使っていた魔水晶は、端材か何かか?
明らかに、巨兵の操縦席にあった物より小さいが?」
「端材というよりは、三等品ですね。
魔水晶の品質は細かく分けられていて、巨兵生産に使うのは特一等品となります。
とても貴重な品なんですよ」
「なるほど……。
敷いた布に書かれているのは、何だ?
あれが話に出ていた魔法陣か?」
「ですね。
ニクスライト鉱石の欠片を練り込んだ塗料で書かれていまして、今回の場合ですと、矢全体の長さや矢じりの形状などについて、細かく指定した内容となっています。
魔術師の想像だけでも生成は可能ですが、これを使って細かな条件を指定することで、品質を保つことができるんです」
「ほう……」
これは、大きな情報だ。
この、クリメイションという力……。
今の話を聞いたところだと、生成AIのそれに近い。
より具体的にいうと、魔法陣というのは、画像生成AIで用いられるプロンプトとそっくりだ。
画像生成AIというのは、プロンプトを用いることによって、生成する絵の方向性が定められる。
これは、細かく内容を指定すれば指定するほど、自分が脳裏へ思い描いたイラストへ近づけることが可能だった。
俺は地球じゃ、企業向けAI導入の営業マンやっていたからな。そこそこの知識はあるのである。
大きな違いがあるとすれば、こちらはプロンプトだけでなく、作業者が抱くイメージも汲み取ってくれることだろう。
その上、立体物として出力してくれる。
「夢の技術だな。
もし、俺の故郷でこれを発表したら、権威ある賞を総なめできるぞ」
俺はつぶやきながら、さらに考察を深めるのだった。
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