操縦拒否
「それで、君たちはそのクリメイションというのを使って、巨兵を生み出してるんだよな?」
「はい!
王都の工廠で、核となるニクスライト鉱石製の魔水晶を使って、魔術師が儀式を執り行います。
……わたしはまだ三等魔術師だから、主に換えの部品創りや、ボウガン用の矢なんかを生成してますけど」
言いながら、クリエルは照れ臭そうに頭をかいた。
まあ、年齢が年齢だもんな。
この世界において、成人とされる年齢がいくつかは知らないが、地球においては学生生活を謳歌している年齢だ。
そうそう、花形――多分そうだよな?――の仕事は、任されないだろう。
と、今の解説を聞いて、ふと思いつくことがあった。
「そのクリメイションだけどさ。
実際に今、見せてもらうことってできるか?
今の話だと、消耗品もそれで造っているんだろう?
で、それを行える魔術師がここにいるってことは、必要な品を現地で製造しているんじゃないか?」
予測を交えながらの言葉に、クリエルはにっこりと笑いながらうなずく。
「もちろんです!
ボウガン用の矢や、巨兵用の剣は、生成した状態で運ぶより、魔水晶の状態で運搬した方が楽ですからね。
今も、野営工房で生成中のはずですよ」
「ありがたい。
是非、見せてもらえないだろうか?」
「それは……その……」
俺の言葉に、クリエルは手をもじもじとさせながら言葉を詰まらせる。
何かこう……告白されてる女子みたいだな。
それも、断る前提なんだけど、出来る限り、相手を傷付けない言い回し考えてる時の。
「軍事機密とかか?
それなら、バルターさんにお願いして許可を得たい。
俺にとって、クリメイションについて詳しく知っておくことは、必須だ」
「ああ、いえ、そうじゃないんです。
父……バルター重騎将からも、タチバナ様が望むことは常識の範囲内で全て叶えるようにと、固く言い含められてますし。
そうではなく……」
と、クリエルがちらりと背後のアルタイルを見た。
「その……タチバナ様さえよければ、わたしもアルタイルに乗ってみたいなって……。
もちろん、歩かせたり、筒から光を撃つようなことはしません!
ただ、ちょっと顔を動かしてみたり、そもそも、どうやって視界を得ているかが知りたいなって……」
「ああ……」
アレね。オタクの性ね。
俺としては、特に断る理由がない。
むしろ、専門家であるクリエルに乗ってもらい、考察してもらうことは、有益であると判断できた。
それに、これはそもそもエルメリア軍の巨兵が変化したものだから、俺の所有物かどうかは、相当に微妙だし。
「もちろん、構わない。
動かし方は分かるか?
……って、そう言ってる俺もよく分からないんだけど。
あの魔水晶ってやつか?
あれに触ると、思った通りに動く」
「そうですね。
魔水晶は、巨兵の核であり、脳ですから。
操作は、全てあの水晶を通じて行います」
核であり、脳か……。
だからかな? モニターとかシートは出現したのに、操縦桿とかは出てこなかったのって。
あの水晶玉がなければ、動力的にも操作的にも動かせないわけだ。
「ようし、早速やってみてくれ!」
「はい! ありがとうございます!」
俺の言葉へ、クリエルは実に嬉しそうな笑顔で返事をした。しかも、敬礼付きだ。
そして、振り返り、膝立ちとなっているアルタイルのコックピットへよじ登ったわけだが……。
「パンツ見えちゃった……」
目を逸らしながら、口中でつぶやく。
ミニスカートをはいているというのに、無防備な娘さんである。
「……あれ!?」
そうやっていると、クリエルが驚きの声を上げた。
「おかしいです!
魔水晶が、反応しません!」
「え? そうなの?」
これには、俺も驚くしかない。
ついさっきまで、触って念じるだけで動いてたぞ。こいつ。
「ちょっと見てもらえませんか?」
「あ、ああ……」
見るっつっても、専門家の彼女に分からないなら、どうにもならないと思うが……。
ひとまず、俺もコックピットへよじ登った。
……降りる時もちょっと思ったけど、これ、乗り降りが不便だな。
アニメの主人公たちは苦も無く昇降してたけど、あれはフィクションの嘘ってやつなのだろう。
「……と、ちょっと触ってみてもいいか?」
「はい、お願いします」
狭苦しいコックピットには入らず、入り口の方から彼女に尋ねる。
……どうでもよくない事実だが、当然ながら、コックピット内には上半身を潰された彼の死体が転がったままだ。
それに動揺してない辺り、クリエルは胆力がある……というより、地球の人とは死生観が違うのかもしれない。
「……えっと、起動っと」
つぶやき、頭で軽く念じながら魔水晶へ触れた。
反応は、劇的である。
――バクン!
跳ね上げられていたコックピットハッチが即座に閉じ、俺を内部へと押し込めたのだ。
「――きゃっ!?」
「――わぷっ!?」
そんなだから、当然、シートへ座っていたクリエルの胸に飛び込み形となった。
「す、すまん」
「へ、変に動かないで下さい」
わたわたとしながら、コックピットの中でどうにかお互い体勢を整える。
胸とか色々と触っちゃったが、不可抗力だと思いたい。
それに、このハプニングへ嬉しさを感じてる場合じゃないのだ。
「うっ……」
体勢を整えた結果、俺は下半身のみの死体を抱き抱えるような格好になってしまったのであった。
「う、動いたぞ……」
ぬるりとした血の触感から意識を逸らしつつ、モニターを指差す。
つい、先程までそうだったように……。
三面あるモニターには、頭部カメラアイの捉えた映像が映し出されている。
「は、はい……」
流石に、恥ずかしかったのだろう。
クリエルは顔を赤らめながら、身だしなみを整え直していたが……。
「――す、すごい!」
すぐに、その目を輝かせた。
「覗き穴もないのに、こんなに視界が開けて……!
これは、一体……!」
「カメラアイ……。
ああ、いや。
この機体は、頭部に目が備わっている。
その目が捉えたものを、そこのモニター……まあ、でかい板に映し出しているわけだ」
「これは……これは、画期的です!
首を動かせなば、映るものも変わるということですか?」
「まあ、そうなるな」
「ようし……」
ペロリと舌なめずりしながら、クリエルが魔水晶に手を伸ばす。
そして、何か念じているようだったが……。
「あれ?
やっぱり、動かせないです」
「おかしいな。
どれ……」
俺も、指先だけ魔水晶に触れてみる。
ええと、周囲の様子を……。
「……動くじゃないか」
アルタイルはぐりんぐりんと首を動かし、周囲の光景をモニターに映した。
働いている人々の中には、これを見てちょっと驚いている者もいるな。
「ええ?
もう一回わたしも……」
再チャレンジするクリエルだが、やはり、アルタイルはうんともすんともいわない。
「……これは、多分ですけど、タチバナさんにしか動かせないんじゃないでしょうか?」
「そういうことに……なるのか?
何でだろう?」
「クリメイション時の条件付けが、関係しているのかもしれません。
とりあえず、一度出ましょうか?
死体も中にありますし……」
「ああ……そうだな」
言われて、もう一度魔水晶を操作。
コックピットハッチを開いた。
「自分で動かせなかったのは、残念ですけど……。
でも、あの視界を得る能力! あれは素晴らしいものです!」
地面に降り立ったクリエルが、興奮しながら叫ぶ。
ああ、色々とトラブルはあったけど、喜んでくれたなら良かったよ。
「それで、早速クリメイションしている現場に案内したいところですけど……。
その前に、体を洗いましょうか?
お着替えも用意します」
「……是非、お願いするよ」
苦笑いしながら言う彼女に、血まみれとなったワイシャツ姿の俺はうなずく。
「操縦席の中も、人を手配して綺麗にしてもらいますね」
「それも、お願いするよ」
アルタイルは、どうやら俺にしか動かせない。
その情報を得る代償は、随分ときついものになったのであった。
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