文明レベルの差
「間近で見ると、やっぱりすごいです!
どこがどんな風に作用しているのか、まったく分かりません!」
バルターさんが乗っていた一本角の甲冑と並び、膝立ちの状態で静止するアルタイルを見て、クリエルは興奮気味に叫んだ。
「空を飛ぶ能力や武器も気になりますが、関節部も興味深いですね!
これは、どのようにして動かしているんでしょうか?」
彼女が顔を寄せているのは、膝立ちとなったことで顕わとなっている膝関節のホイールである。
全体像は昇降時に見たものの、こうやって、細かい箇所を検分するのは、俺も初めてだ。
で、改めて見てみると……膝部分のみならず、足首や肘などの関節構造は、徹夜で組み立てたプラモのものとよく似ていた。
と、いうよりも、そのままと言っていい。
シリンダーやホイールが複雑かつ機能的に組み合わさり、人体に近い稼働を可能としているのだ。
あのプラモデルは、まずフレームを組み合わせてから、装甲を被せていくという方式だったからな。
作品世界内において、モノコック構造からインナーフレーム方式への転換を果たした第一号機という設定を尊重し……。
極めて緻密に、情報量豊かに、フレームは構成されていたのである。
こいつは、それをプラモデルから金属――何かよく分からない合金――に置き換え、再現したかのような造りをしていた。
「内部の動力……と言っても、それが俺にはよく分からないんだけど……。
それを駆動するための力に変えて、ここのシリンダーとかホイールとかが動く。
そうすると、装甲内に存在する骨格が、人間みたいに関節を動かすんだ。
多分、だけどね」
俺もアルタイルへと近づき、機体各部の関節部を指差しながら解説する。
「内部に骨格! その発想はありませんでした!
でも、確かにそうすると、機体強度を高めつつ、より柔軟な可動域が実現できますね!
それに、装甲の張り替えも楽になるかも……。
言われてみれば、簡単な発想に思えてしまいますが……。
これは、画期的です!
ラーバにその構造を盛り込めば、これからの巨兵史が変わってきますよ!」
ラーバというのは、エルメリア王国が使っている青い巨兵のことだろうか?
興奮しきりといった様子で、クリエルが目を輝かせた。
「それで、ラーバをクリメイションして生み出した巨兵なんですから、当然、動力は魔水晶なんでしょうけど……。
本体を飛び上がらせた力や、この手にしている筒から出たという光は、一体どんな原理なんですか?」
「原理……って、言われてもなあ」
聞かれて、口ごもる。
この場合、何をどう説明すればいいのだろうか?
聞かれたところで、俺に答えられるのはアニメ上での設定だけだぞ?
現実として人の命を奪った兵器に関して、フィクションの設定を延々と語るとか、何のプレイだよ。
俺は、迷った。
大いに迷った、が……。
結局、アニメ内での設定を語ることにする。
俺自身にも何がどうなっているか分からないことなんだし、違ってたところで責任は持たない。
開き直りだ。
「空を飛んだことに関しては、背部のランドセルや、機体各所のアポジモーター……ほら、これだ。
ここから、プラズマ噴射して推力を得るんだ」
「プラ……ズマ……。
噴射……?」
俺の言葉に、クリエルが可愛らしく小首をかしげる。
どうも、何を言っているのか分からないといった様子だ。
しかし、それも無理はない。
巨兵の持っている武器や、この陣地で目にした兵隊さんの武装を見ても、彼女らの文明レベルが地球のそれより数段劣るのは明らかであった。
その上、俺が語っているのは、その地球においても遙か未来に実用化……されるかもしれないという、空想上の技術なのである。
ベースとなる知識に、あまりにも差がありすぎた。
「あー……。
ほら、水の中で手足を動かすと、当然、前に進むだろう?
それが、推力。
この機体は、乱暴に説明すると、さっき説明した箇所からものすごく強力な炎を吐き出すことで、その推力を得ているんだ。
反発力を得ているとも言う」
「炎の、勢いで……?」
やはり、今一つ腑に落ちないという顔である。
魔術師って言っても、炎を出したりとかはできないんだよな。
で、火薬の類が存在する気配もない。
と、なると、日常で目にする火力というのも、想像がつく。
鉄を溶かすような炉なら話は別だろうが、そうでないなら、せいぜいが煮炊きに使える程度の火であろう。
それで、重たい巨人を浮かせる推進力を得ると言われても、理解できないよな。
「で、では……。
あの筒から出る光は、何なんですか?」
それでも、知ろうとする意思は揺るがないのだろう。
クリエルが、アルタイルの保持するライフルを指差した。
「あれは、正確には光じゃない。
粒子って言ってさ。
あらゆる物体は、とことんまで突き詰めて調べると、とんでもなく小さな物体の集合体であることが分かる。
それが、粒子。
このライフルは、そんな粒子の中でも重金属のそれを縮退させ、荷電粒子として放っているんだ。
要するに、目には見えないくらい細かい金属を、大量に熱してぶっ放してるってことだ。
こう……水鉄砲みたいに。
水鉄砲はある?」
江戸時代に存在したような竹筒製の水鉄砲を操るジェスチャーで、そう尋ねる。
「そうやって、水を筒から噴射させるおもちゃはありますけど……」
クリエルの反応は、やはり――困惑。
「その……。
物体が、細かな粒……? みたいなものの集合体だと言われても、理解が及びません。
いえ、納得ができない。
もしかして、こうしてここにいるわたしたちも、そういった細かな物体が集まって出来ていると、そう仰られるんですか?」
「まあ、そういうことになるかな……」
頭をぽりぽりとかきながら答えた。
正直な話、こういった科学とかの知識に関しては、まったく備えがない。
SF系のロボットアニメを好むからといって、科学知識が備わるわけではないのだ。
「そんなの、あり得ないです。
だって、現にわたしもタチバナ様も、こうやって自分の意思と考えで動いてるじゃないですか?
それが、何かの集合体だなんて……。
わたしたちは、一人一人という単位で完結した存在です」
何となく、必死さを感じる訴え……。
でも、そりゃそうだよな。
冷静に考えてみると、ちょっと怖くなる話だ。
前提となる知識を持っている俺でさえ、そうなのである。
彼女にとっては、ひとしおだろう。
「まあ、深く考えたらちょっと怖い話だし、そもそも、この世界の物理法則って、明らかに俺の知ってるものとは別物だ。
だから、参考程度に考えてくれるといいよ」
そんなクリエルの不安を和らげるために、そんなことを言う。
何しろ、クリメイション? だとか何とかで、こんな機動兵器が生まれてしまう世界だからな。
深く考えたら負けなところは多いだろう。
「それより、俺はクリメイションとか、この巨兵とかに関して色々と話を聞きたいな。
特に、クリメイションに関して。
それは、明らかに俺の世界には存在しないもの……。
二つの世界に存在する決定的な差だ」
「分かりました!
そうですね! 分からないことで頭を悩ませるより、全然建設的です!
それに、クリメイションのことなら任せて下さい!
わたし、魔術師ですから!」
ふんすと胸を張って、クリエルが答える。
こうして、彼女との会話は、クリメイションへ関するものに変わっていったのであった。
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