クリエル

「クリエル・オーエンス三等魔術師です」


 バルターさんが秘書さん(仮定)に指示を出してから、待つことしばらく……。

 陣幕に顔を出してきたのは、元気な女の子であった。


 年の頃は、十五か六といったところか。

 丁度、高校生くらいの年齢である。

 栗色の髪は、一房の三つ編みにして垂らされており……。

 どこか子犬じみた愛嬌と可愛らしさのある顔立ちをしていた。


 格好は、これまで陣内で見てきた人々とは、いささか趣きが異なる。

 鎧を着るでもなく、バルターさんや秘書さん(仮定)がそうであるように、軍隊の士官服じみた装いであるわけでもない。

 代わりに、丈が長い漆黒のコートを身にまとっており、下にはひらりとした純白のミニスカートを履いていた。


「娘です。

 何なりとお使い下さい」


 彼女を示したバルターさんが、クソ真面目な顔でそう告げる。

 そういえば、二人共がオーエンスという名を使っているもんな。

 となると、この世界……というより、エルメリア王国とやらは、ファミリーネームが下にくるわけだ。

 ……俺、ユウトさんちのタチバナ君だと思われてないかな? 別に、どうでもいいけど。


「えっと……」


 ――よろしくお願いします。


 ――魔術師?


 ――橘勇斗です。


 いくつかの言葉が脳裏に浮かんで、どれを選択するか迷っていると、だ。


「早速ですけど! あのものすごい巨兵!

 あれを! 見せてもらえませんか!?」


 クリエルは、瞳を輝かせながらそう言って、俺の眼前へ顔を近付けてきたのである。

 いや、近い近い近い。

 えっと……バルターさん?

 ……彼は眉間を揉みほぐしながら溜め息を吐いていた。

 どうも、こういう娘さんであると理解した上で連れてきたらしい。


「巨兵……アルタイルのことか?」


 何だろうな、これは。

 秋葉原辺りでエンカウントしそうな人種特有のものを感じながら、尋ねる。


「アルタイル! アルタイルっていうんですね!

 巨兵でありながら、どこにも覗き穴が存在しない構造……。

 ううん、それだけじゃありません。

 遠目に見たところでは、靭帯もありませんよね!?

 一体、どうやって各関節部を動かしてるんですか!?

 それに、空を飛ぶのに使っている不思議な部品や、何よりあの筒!

 筒から出る光は、一体どういったものなのですか!?

 是非、実際の巨兵を見ながら教えて下さい!」


 マシンガントークとは、まさにこのこと。

 言葉の圧力に気圧されてしまう。

 だが……。


「おい、クリエル。

 その辺にしなさい。

 申し訳ありませぬ、タチバナ殿。

 本人が強く望んでいると聞いたので呼びましたが、やはり、不束かなこの娘では……」


「いえ……」


 詫びてくるバルターさんを、手で制す。

 そして、クリエルに向けてこう言ったのである。


「俺も、この世界のこと、君たちが巨兵と呼んでいる兵器のこと、分からないことだらけだ。

 あのアルタイルが、どうして生まれたのかも、な。

 君はそういうの詳しそうだし、俺が答えられることを答える代わりに、解説してくれよ」


 バルターさんの話から考えると、遣いとやらを出して返事が来るまで、タイムラグがあるだろう。

 陣幕内を見た感じ、電話どころか電信機すらなさそうだからな。

 なら、待っている間に、謎となっている事柄を解きほぐしておきたい。

 どう振る舞うにしても、情報があるに越したことはないのだ。


「もちろんです!

 さあ! 早速行きましょう!

 さあ! さあ!」


 エクスクラメーションマークの多い子だなあ……。

 そう思いながらも、俺は彼女に連れられ、外へ歩き始めたのである。




--




「早速だけどさ。

 魔術師っていうからには、こう、手から炎を出したり、傷を癒やしたりできるのかい?」


 クリエルの先導で陣幕が並ぶ中を歩きながら、そう尋ねた。

 すると、彼女はきょとんとした顔でこう答えたのである。


「え? 手から炎? 出せませんよ?

 傷を癒やしたりなんてこともできませんし」


 できないんかーい。

 何だろうな……こう、バーンした後にブレイして、またバーンされたような感覚だ。

 そこは変化球投げてくるのかよ。


「え、じゃあ、魔術師ってどんな人なの?」


「それは、勿論!

 巨兵を創造したり、戦場で巨兵の手入れをする職業です!

 タチバナさんのせ……故郷には、魔術師がいないんですか?」


 今、世界って言おうとして、言い直したな。

 ひょっとしたら、俺が異世界っつーか地球から来たということは、秘密なのかもしれない。


「まあ、魔術師っていうのは……いないな。

 俺の故郷では魔術師っていうのは、さっき言ったような技を使う空想上の職業だ。

 あるいは、トリックを使って、そういった技を再現するような……」


「芸人ということですか。

 わたしたちは、そういったことはしませんね」


 あれだけ大きな戦いがあって、ここはその司令部と呼ぶべき場所である。

 周囲では、士官服っぽい格好をした人々や、あるいは鎧姿の人々が、忙しそうに動き回っていた。

 そのいずれもが、俺を見ると一瞬、立ち止まって好奇の目向けてくる。

 ワイシャツに、スーツのズボン。

 そういえば、靴すら履いておらず、靴下のままだ。

 おまけに自分たちと人種の違う顔つきとなれば、そりゃあ珍しいことだろう。


 あるいは、アルタイルに乗っていた男という話が出回っているのか……。

 何にせよ、反応に困るな。


「じゃあ、魔術師っていうのは、整備士とか技術者とか、そういった存在ってことか?」


 反応に困るので、とりあえず、現状では唯一普通に話せるクリエルへそう尋ねた。


「整備士……っていうのは、よく分かりませんけど、技術者というのはしっくりきますね。

 そうです。わたしたちは、その技術で巨兵運用を支える存在です」


 うーん。分かりやすいドヤ顔。

 歩きながらも、クリエルは胸を張ってみせた。

 自分の仕事は大好きだし、誇りも持っているタイプなのだろう。


「巨兵っていうのは、あのロボット……いや、でかい鎧たちのことだよな?

 あれを造るって言ってたけど、どんな風にやるんだ?

 やっぱり、鍛冶師か何かが、大勢で鎧を鍛え上げるとか……」


「え? それはもちろん、魔水晶を使ってですよ?

 王都の工廠で、大規模な魔法陣を使って……。

 それで、クリメイションするんです。

 アルタイルも、そうやって創ったんじゃないんですか?」


「いや、あれは……」


 あの時のことが、思い出された。


「俺は、戦場にいきなり放り込まれて、黒い鎧に追いかけ回されてさ……。

 それで、逃げ込んだ先が君たちの使っている青い鎧の中だったんだけど……。

 その中で、水晶玉みたいなのに触ったら、鎧が変化してアルタイルに生まれ変わったんだ」


「水晶に……触って、生まれ変わった?」


 不意に、クリエルが立ち止まり……。

 それから、驚きに満ちた眼差しを俺に向ける。


「それって……クリメイションしたってことですか!?

 魔法陣も何もない戦場の中で、しかも、短時間で!?」


「え? クリ……まあ、巨兵を造ったり、改造したりすることがそのクリメイションってやつなら、そういうことになるのかな?」


「――すごいです!」


 首をかしげながら答えると、クリエルが俺の両手をぎゅっと握ってきた。

 うん……距離感!


「タチバナ様は、超一流の魔術師なんですね!」


 勇者になったり、魔術師になったりと、安定しないな。俺のジョブ。


「そんなこと、王国工廠の魔術聖にもできません!」


 困惑する俺をよそに、大興奮したクリエルがぶんぶんと握った手を振ってくる。

 そんなことをしていると、当然ながら、周囲から向けられる視線が激増するのだった。

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