それぞれの決断

「何と……!?」


 俺にとっては、ごく当然の返事……。

 しかし、バルターさんにとっては、極めて意外な言葉であったらしく、彼は驚きに目を剥いていた。

 そんな彼に、俺は落ち着いて言葉を選びながら続ける。


「あなたは、俺を指して勇者と言いましたが……。

 謙遜でも何でもなく、俺はそのように大それた存在ではありません。

 サラリーマン……まあ、大規模にやってる商人から雇われてるだけの人間なんです。

 とてもじゃないが、さっきの……ヴァルキア帝国? との戦争で、お役に立てる人間じゃない」


「ですが、現にあなたは、あれだけの働きをしてみせた」


「マシーンの……。

 あなたが巨兵と呼んでいたあの機体……。

 アルタイルの性能があったからです」


 反論しようとするバルターさんに、続けてそう言った。

 これもまた、純然たる事実……。

 機体の性能差が圧倒的だったからこそ、一方的に四機もの敵を撃破できたのである。

 そう、撃破したのだ。

 撃破、なんて、あくまで機体を破壊しただけのように言い換えても、そこに含まれたある事実は変わらない。


「俺は、ついさっきまで、人を殺すどころか、殴ったことすらろくにない一市民だったんですよ?

 今も、自分が奪った命のことに関して、極力考えまいとしている。

 そんな人間、戦争の役に立てるわけないでしょう?」


「う……む……」


 ああ、喉が渇いた。

 机に置いていた茶器を手に取る。

 必要な機能性を追求すると、こういう結果になるんだろうな。

 使われている茶器は、カップにソーサーという馴染み深いものだ。


 すすった茶は……何かの香草か、あるいは花を使っているんだろうか?

 爽やかな清涼感と、蜜のようにほのかな甘さを感じる。


 うん、ちょっと落ち着いた。

 落ち着いたところで、言葉を続ける。


「正直、俺が思っていることはただ一つです。

 今すぐにでも、地球……ああ、元々いた世界です。

 そこに、帰りたい。

 もし、さっきの働きに少しでも恩を感じているのでしたら……。

 それに、報いたいと考えておられるのでしたら……。

 俺を元いた世界に帰すよう、働きかけてはもらえませんか?」


 じっ……と、バルターさんの目を見据えた。


「ううむ……」


 彼は、考え込むようにしてあごをさすっていたが……。


「……分かりました。

 あなたは、そもそもが異世界の人間。

 我々の戦いとは、真実、関わりのない存在だ。

 勝手に呼び出された上で、帰還を求めるとなれば、こちらは聞き入れる義務があるでしょう」


「……ありがとうございます」


 椅子に座ったまま、頭を下げる。

 正直な話……。

 もう少しごねる可能性を考えていたので、これは意外だった。

 意外だったが、助かる。

 俺は別に、地球を離れた世界で特別な力を得たから、それで好き勝手にしたいという人間ではないのである。


「――ですが」


 と、ここでバルターさんが続けた。


「異世界召喚の儀式は、王家に伝わる秘伝……。

 正直な話、私は詳しくありません。

 ですので、まずは王都へ遣いを出す形となります。

 その間は、この陣地へ留まって頂きたいのですが、それはよろしいですかな?」


「どの道、俺に行き場などというものはありません。

 それで、よろしくお願いします」


 交渉成立。

 バルターさんが、椅子から立ち上がる。


「では、身の回りに関して世話する者を用意しましょう。

 可能な限り、不便がないよう尽力します。

 ――おい」


 バルターさんが陣幕の外へ声をかけると、秘書さん(仮定)が姿を現す。

 彼女にあれこれと指示する姿を見て、俺は多少の安堵感に包まれながら茶をすすったのであった。




--




 会戦前……。

 バンラッサ平原に作ったこの陣地は、活気と威勢に溢れた様子だったものである。

 戦場で主役となる重騎士たちのみならず……。

 その活躍を後方で支える魔術師たちや、最終的な占領戦で働くことにな歩兵たちも、皆が皆、士気を昂らせていたのだ。

 確実に勝てる戦ともなれば、それは当然だろう。


 だが、今の様子はどうだ……。

 巨兵を降りた重騎士たちは、皆が意気消沈しており……。

 予想を遥かに越える破損巨兵が出た結果、魔術師たちは大わらわでこれの処置に当たっている。

 兵たちが、ひそひそとささやき合うのは、あの戦場で目にした奇妙な巨兵……。

 そして、あやつが放った光だ。


 直接、目にした者が言うには、光が巨兵へ触れると、恐るべき熱量でもって装甲を溶解させ貫通したという。

 重騎士の死に様というのは、およそ人間の遂げるべきそれではないが……。

 死体すら残らないだろう死と、それをたやすくやってのける敵の出現は、兵たちの心を折るに十分なものであった。


「……再度の攻撃は、難しいですな。

 向こう方にあの巨兵――顔付きとでも呼びましょうか。

 あれがある限り、正面切っての会戦は、挑めません」


 エルメリア方面軍の指揮官たちが集った陣幕で、デンガル重騎聖は重々しく口を開く。


「だが、こちらにはいまだ圧倒的な戦力が残されている。

 今回は、突然の出来事で足をすくわれたが……。

 居ると分かった上で、数をもって押し潰せば、勝てるんじゃないか?」


 それに反論したのが、この軍の指揮官……。

 ファルナン重騎将である。

 末端の兵たちが、意気消沈しているのに対し、齢十八歳の若獅子は、いまだ戦意十分だ。

 正室である母から美貌を受け継いだ皇子が、そのような様を見せていると、皇帝直々に賜った言葉が思い出された。


 ――くれぐれも。


 ――くれぐれも、ファルナンに無理はさせないように。


 皇帝はもう、五十歳を越えている。

 跡目について考えねばならぬ年齢であり、彼は後継者として、唯一正室との子供であるファルナンを据えようとしているのが見て取れる言葉であった。


 その是非は、置いておこう。

 若き時に皇帝によって見い出され、今の地位を得るに至ったデンガルは、恩へ報いる義務がある。

 いかなる障害が立ちはだかったとしても、損害は最小限に抑える。

 その上で、ファルナンのエルメリア攻めを成功に終わらせる。

 ファルナンの名を上げつつ、実績を積ませるのが、デンガルにとって至上命題であった。


 で、あるから、デンガルは支えるべき若者に対し、こう忠言したのである。


「戦場でも申し上げました通り、無理攻めをすれば、無視できない犠牲が出ることとなります。

 それは、あなた様の名に傷を付けることになるかと……」


「それは……。

 そうだとしても、エルメリアを落としさすれば、誰も文句は言わないはずだ」


 若き皇子の目をくらませているのは、功名心……。

 兄や姉に比べ、自分は明らかに実績で劣っている。

 その事実が焦りを生んでいると認識した上で、デンガルは続けた。


「ファルナン様……。

 この度の戦いは、ただ勝てばいいという性質のものではございませぬ」


「――何!?」


 主の考えを、真っ向から否定する言葉……。

 それをためらいなく告げられるからこそ、皇帝は自分を彼の副官としたに違いない。


「エルメリアは、生贄です。

 ファルナン様の名を高め、軍功を得るための。

 従って、いたずらに犠牲を出すことはできません。

 それは、あなた様の名を自らおとしめる行為……。

 そして、兵たちとて人間であることを忘れてはなりません。

 もし、ここで無策に力押しを強行し、自分たちに犠牲を強いたなら……。

 将来、命を預けるべき相手に、大きな不信感を抱くことでしょう」


「ううむ……」


 ファルナンは、押し黙った。

 そして、ここで我を通さず、他者の意見を聞き入れる度量があるからこそ、皇帝は彼に期待を寄せているのだ。


「なら、どんな方策があると思う……?」


「ひとまずは、情報を集めるのが先決です」


 デンガルは、即座に答える。


「我々は、あの未知なる巨兵に対し、何も知りません。

 そして、敵軍で恐ろしいのは、あの巨兵のみ……。

 よって、あの顔付きに関する情報を集めることへ徹するのが上策かと」


「あの顔つきが、自分から仕掛けてきたらどうする?」


「直ちに撤収します」


 主の質問に対する答えも、寸分の間すら置かない。


「兵を損ねさえしなければ、またここへは戻ってこれます。

 ゆえに、見張りも徹底させましょう」


「たった一体の巨兵相手に、誇りある帝国軍が右往左往させられるわけか……。

 結局、これは物笑いの種じゃないか?」


 その言葉は、力強く否定する。


「犠牲を抑えた上で勝利すれば、全ては肯定されます。

 弱気で逃げ惑ったのではない。

 未知なる脅威に対して、聡明なる手を打ったのだと。

 どうか、一時の感情や風聞に惑わされることなきよう」


 しばらくの間……。

 陣幕内には、沈黙が立ち込めた。

 それを破ったのは、この場における最高指揮官である。


「分かった。

 ……それでいこう。任せる」


「御意」


 若き重騎将の言葉に、デンガルはうなずき……。

 ヴァルキア帝国エルメリア方面軍の方針は、決定したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る