勇者
「よくぞ参られた!
異世界の勇者よ!」
俺にそう告げたのは、いかにも貫禄のある男性であった。
着ている衣服は、軍隊の士官服を彷彿とさせるもので……高い階級になるほど飾り気が多くなるのは、万国どころか、多次元共通であるらしい。
そう、多次元共通だ。
あーあ、確定しちゃったよ。
ここ、異世界だ。
何故か言葉が通じちゃってるけど、ともかく、異世界だ。
ネット小説とかのお約束へ――不本意ながら――乗っかるなら、不思議な力で翻訳でもされてるのか?
もう、どうでもいいよ。
「私は、バルター・オーエンス。
エルメリア王国の重騎聖だ。
勇者殿。
貴殿の名をお伺いしても?」
「……橘。
橘勇斗、です」
「タチバナ、か……。
なるほど、異世界の名というものは、聞き慣れない響きだ」
こっちも、あんたみたいな名前の人は、外国人でもなければお目にかかれないよ。
ついでに、彼は人種も日本人と異なる。
彫りの深い……欧米人みたいな渋いおじさまだ。
「勇者タチバナ殿。
まずは、礼を言おう。
貴殿のおかげで、我が方は祖国の防衛にひとまず成功した」
「それは……どうも」
お礼を言われても、正直困る。
俺としては、やれることをやっただけなのだ。
そんな俺の胸中を察したのだろう。
「どうやら、突然のことで混乱されているご様子。
ひとまず、一度降りて話をしませんかな?
野戦の陣幕ではありますが、茶くらいなら出せますぞ」
「……そうさせて頂きます」
相手の提案へ、丁寧に答えた。
ひとまず、情報だ。
情報が欲しい。
そして、どうやらこの人物は、それを持っているようなのだから、乗らない理由がない。
「では、ご案内しましょう」
そういったバルターさんが、甲冑の中に戻って面頬を下ろす。
俺もアルタイルの中へ戻り、彼の甲冑へ続いたのである。
--
バルターさんの甲冑に案内された先で、アルタイルを降りた。
余談だが、やはり、外から見た機体の姿は、アニメに登場する前期主人公機そのものである。
見た目も、装甲の脆さを除く機能も、全てがアニメそのもの……。
正真正銘、こいつはアルタイルだ。
で、そうやって降りて案内されたのは、戦場となっていた平原を見渡せるような丘に存在する陣幕であった。
様相は……大河ドラマに出てくる戦国時代のそれに近い。
布製の陣幕をいくつも配置し、即席の司令所としているのだ。
周囲では、いかにも中世! ファンタジー! といった感じの鎧を着た人々が、忙しそうに動き回っている。
彼らから向けられる視線は――好奇。
まあ、こっちも似たような視線を向けているのだから、お互い様だろう。
「こちらへ」
バルターさん自らに案内された陣幕の中には、でかい机が存在しており、その上には地図やら駒やらが配置されていた。
おそらく、ここで作戦を練り……さっきの戦いへと臨んだのだ。
「茶を用意せよ!」
士官服っぽい装いの女性――秘書か何かか?――に、バルターさんがそう命じる。
「こちらの席へお座り下さい」
彼自らに椅子を用意され、着席。
ほどなくして、秘書(仮定)さんが茶を持ってきた。
「しばらく、下がっていろ。
他の者は近付けないように」
その言葉で、秘書(仮定)さんは退出していき……。
陣幕の中は、俺とバルターさんとの差し向かいとなる。
このお茶、どこに置けばいいんだろうか?
迷っていると、バルターさんが地図を敷かれた机の上にかちゃりと自分の茶を置いた。
あ、大事そうな地図だけどいいんすね。
「さて、タチバナ殿……。
おそらく、貴殿は自分が置かれた状況を飲み込めず、困っているのでは?」
鋭い眼光で俺を見定めながらの言葉……。
はっきり言おう。
すごく怖い。
立ち振る舞いから何から、迫力というものが違う。
まともに相対すれば、ヤクザ者でも裸足で逃げ出しそうな勢いである。
「その通り、です。
俺は、気がついた時には、あの平原の中へと立ち尽くしているような状態でした」
そんな彼の言葉へ、俺は素直にうなずく。
嘘なんか思いつかないし、ついたところで意味もあるまい。
「さもありなん、でしょうなあ……」
バルターさんは、腕組みしながら俺の言葉にうなずく。
「実を言えば、貴殿がこの戦場へ直接召喚されてしまったのは、完全な手違いなのです。
いえ、失敗と言ってもいいでしょう。
本来ならば、あなたは我が国の城に召喚され、そこで詳しい説明を聞いていたはずです」
本来も手違いもねえよ。
そもそも、人を問答無用で異世界召喚? なんぞするんじゃねえ。
喉元まで出かかった言葉は、しかし飲み込んだ。
理由は単純。怖いからである。
それに、文句より先に、聞かなきゃいけないことがあった。
「召喚、というと……。
俺がここにいるのは、不慮の事態とかではなく、明確な目的があって呼び出されたってことですね?」
これは、極めて重要な情報だ。
俺の立ち回り方が変わってくるというのもあるが、それ以上に……。
呼び出せたならば、送り返せる可能性も高い。
鉄道を敷く技術があるならば、上り線だけでなく、下り線も用意できるだろうという話なのだ。
「その通りです」
俺の思惑に気づいているのか、いないのか……。
バルターさんは、力強くうなずく。
そして、こう言ったのである。
「現在、我が祖国……エルメリア王国は、ヴァルキア帝国からの侵攻を受けています。
国力の差は、圧倒的……。
そこで、王家は古代からの伝承として残されていた召喚の儀式を実行に移したのです。
異世界から、この状況を打開できる……。
いや、帝国軍と互角に渡り合える勇者を呼び出すために」
そこで、バルターさんがじっと俺の瞳を覗き込む。
いや、いい。
言わなくても、何が言いたいかは分かった。
だから、俺は彼の言葉を引き継いだのである。
「その勇者が、俺ということですか?」
「その通りです」
どう処理したものか分からず、感情というものを持て余している俺と裏腹に、バルターさんは極めて真面目な顔でうなずいた。
「正直な話、眉唾ものの話であると思っていました。
確かに、遠き世界から渡り来た者が、建国において大きな力となったことは伝わっています。
ですが、そんなものは、長き時を経て話が膨らんだ結果だろうと……。
ですが、そうではなかった。
いや……伝説以上の力でした」
そこで、将軍がキッとした眼差しを向けてくる。
「あなたと、あなたが乗っておられた巨兵の力……。
あれこそは、まさしく百人力。いや、それ以上です。
帝国軍の巨兵たちを、ああも一方的に討ち取っていくとは……。
あなたがいなければ、この平原は突破され、帝国軍は王都の喉元まで迫っていたことでしょう」
「それは……どうも」
正直、褒められたところで、ちっとも嬉しくはないのだが……。
それでも、彼の言葉にはうなずいておく。
生憎と、エルメリア王国とやらを救うために戦ったわけではない。
俺はただ、死にたくないから先に攻撃しただけだ。
が、結果として、この人たちを救ったことは間違いないだろう。
アルタイルのビームをきっかけとし、敵が総崩れとなったことくらい、俺のごとき素人でも判断がついた。
「勇者タチバナ殿……。
頼みがあります」
曖昧な受け答えをする俺に対し、バルターさんはますます眼差しへ力を込める。
そして、こう言ったのだ。
「これからも、我が国を……エルメリア王国を救うために、助力して頂きたい」
「お断りいたします」
この時ばかりは、きっぱりとした言葉で返した。
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