ファーストコンタクト
「逃げていく……。
ああ、逃げて行ってくれてるのか……」
瞬く間にライフルの三連射を行い、こちらを狙っていた三機の黒甲冑を撃破した俺は、コックピット内でそうつぶやいていた。
センサーが拾うのは、やかましい銅鑼やラッパの音だ。
それは、どうやら連中にとって、撤退の合図であるらしく……。
黒甲冑の集団は、大急ぎで転身していく。
無論、中には青甲冑との戦闘中でそれが叶わなかったり、あるいは、背後からボウガンの矢に貫かれる者の姿もあった。
関係ない。
今、俺の胸を満たしているのは、どうにか生き残れたという安堵感だけだ。
そう、生き残ったのである。
突然、放り込まれたこのわけがわからない状況で、ともかく、生き残ることには成功したのであった。
となると、次に湧き出てくるのは、疑問……。
「なんなんだ、ここ……。
なんなんだ、あの鎧たち……」
この平原で繰り広げられている、都内どころか、地球上ではあり得ないような光景……。
モニター越しにそれを見下ろしながら、次々と疑問を口に出す。
「このロボットだって、そうだ……。
多分これ、アルタイル……だよな?
下にいる青い鎧と同じだったはずなのに、急にアルタイルの姿になった。
それだけじゃない。
アニメと同じようにブースターも噴かせるし、ライフルからはビームが出る。
アニメと違うのは、妙に装甲が脆いことくらいだ」
言いながら、水晶玉に念を送る。
すると、機体は俺の意識を汲み取り……。
下腕部へ直接シールドを装着している関係上、空いている左手でグーパー運動をしてみせた。
やはり、俺の思う通りに動いてくれるのだ。
「この状況は、まるで……」
――異世界転移。
その五文字が、俺の脳裏へ浮かび上がる。
「冗談じゃねえよ。
冗談じゃ、ねえよ……」
ネット小説で、主人公が「これはもしかして、異世界転移ってやつか!?」とか言ってたのを思い出す。
あるいは、「やったー! 異世界転移だ!」だったか……。
その時は、心底から馬鹿にしたものだ。
何がもしかしてでやったー! だよ。その可能性を想定しているのは、狂人か、あるいは第四の壁を認識できるタイプのフィクションキャラだけだよ。
……と。
生憎と、俺は狂人じゃないし、第四の壁を認識できるタイプのフィクションキャラでもない。
でも、今置かれているこの状況は……異世界にでも飛ばされたとしなければ、説明がつかなかった。
「だったら、それこそネット小説みたいに、解説役なり案内役をするやつがいてくれよ……。
何で俺、いきなり戦場みたいな所に放り込まれて、アニメのロボットに乗って戦ってるんだよ?
誰でもいいから、俺が置かれた状況を説明してくれよ……」
文句に次ぐ文句を吐き出しながら、空中へ機体を漂わせていたその時だ。
「あれは……」
平原にいる青甲冑の一体……。
下っ端らしき同類と異なり、黒甲冑を追いかけ回すようなことはせず、後方でどっしりと構えている内の一体が、こちらに向けて手を振っていることへ気付く。
「指揮官か何かか……。
あんな角付けといて、下っ端ってことはないはずだよな?」
しかも、モニター上に拡大――これもアニメにあった機能だ――すると、その青甲冑は頭部に、ユニコーンを思わせる一本角が存在するのである。
「敵意は……感じない。
俺と、話がしたいっていうのか……?」
何となく……。
相手の雰囲気から、その意図を察した。
こうなれば、後は決断するしかない。
「どうせ、他に当てなんてないんだ。
一か八かだ……」
思い切りがいいというよりは、やけっぱち。
俺は、水晶玉に思念を送って、アルタイルを降下させたのである。
--
大陸最強国家、ヴァルキア帝国を向こうに回しての一大決戦。
文字通り決死の覚悟で出陣したエルメリア王国軍重騎将バルターが目にしたのは、奇跡と呼ぶしかない出来事であった。
突如、戦場の端で爆圧的な光が発生したと思ったら……。
その発生源から、見たこともない巨兵が飛翔したのである。
しかも、その巨兵はただ空を飛んだだけではなく、恐るべき武器を持っていた。
あの武器から発される光を、何と形容したものだろうか……。
――天雷。
――熱光。
――神槍。
……おおよそ、そのような言葉が相応しいだろう。
ともかく、確かなことはただ一つ。
その威力――絶大なり。
ボウガンなど及びもつかぬ威力で、帝国のダノークを仕留めてみせたのだ。
しかも、その内一体は、掲げた盾ごと胴体を撃ち抜かれていたのである。
今、部下の一人を検分に回しているが……。
四十を越えてなお衰えぬバルターの視力は、貫通力というより、秘められた熱量でもって敵巨兵を貫いたのだと見て取っていた。
「おお!」
「ダノークを倒した!」
「あの巨兵は……味方だ!」
祖国の防衛を果たすためではない。
恐るべき侵略国家に対し、わずかでも爪痕を残そうと馳せ参じた重騎士たちが、口々とそのようなことを叫ぶ。
それは、バルターの周囲へ布陣する親衛隊のみならず、バンラッサ平原各地で戦闘していた重騎士たちも同様であり……。
中には、巨兵の腕を掲げることで興奮の意思を示している者さえ見受けられた。
反対に、敵の側へ広がっているのは――動揺。
それも、当然のことだろう。
一射ごとに矢弾の装填が必要なボウガンと異なり、謎の巨兵が保持する武器は、連射をしてみせているのである。
その上、一体、何発撃てるのかが、定かではないのだ。
もし、もしも……だ。
制限なく、発射することが可能なのだとすれば……。
何の対策もなく敵に回せば、たった一体の敵を相手に、三百体はいるエルメリア方面軍が壊滅しかねない……。
敵の重騎士たちは、全員がそう直感したのであった。
だから――逃げる。
敵軍において事実上の指揮官であるデンガルが、素早く撤退の合図を出していたのも大きいだろう。
引き際は、鮮やかだ。
追撃戦は、最低限の効果で終わるに違いない。
「深追いはやめるよう、徹底して伝えよ!
敵指揮官はデンガル重騎聖だ!
欲をかけば、逆襲されるぞ!」
「はっ!」
巨兵が動き回らない後方でならば、肉声での会話もよく通る。
副官の一人に命じた後、バルターは空を見上げた。
「あの巨兵……。
おそらくは、姫様たちの儀式が通じたのだ。
それが、どうして城ではなく、この地に降り立ったのかは分からぬが……。
あるいは、通じだからこそ、ここへ来たのか」
つぶやいたのは、エルメリア王国において、知る人のみが知る事柄だ。
そう……。
敵味方含め、大多数の将兵にとって、あの巨兵は謎の存在であったが、バルターには一つの心当たりがあったのである。
そして、おそらくそれは当たっていた。
だからこそ、あの巨兵はあれだけ強大な力でもって、千回戦えば千回負けるであろう戦をひっくり返したのだ。
「あの巨兵を、ここに招く!」
宣言し、周囲の反応を待たぬまま、自分のラーバに手を振らせる。
果たして――反応はあった。
謎の巨兵は、ゆっくりと上空を移動し、自分の前まで降りてきたのだ。
「よくぞ、参られた!」
仕儀に則り、巨兵の面頬を上げてそう告げる。
生身を晒したのが、よかったのだろう。
相手もまた、搭乗者を表に出す。
もっとも、ラーバの搭乗口が頭部に存在するのと異なり、謎の巨兵は胸部の装甲をガパリと開く形式だったが……。
そうして姿を現したのは、貧相な青年というしかない。
黒髪で、年齢は二十代半ばといったところか。
驚くほど純白のシャツに、漆黒のズボンといった出で立ちであった。
「えっと……」
青年は、困惑しているようだったが……。
そんな彼に、バルターはこう告げたのである。
「よくぞ参られた!
異世界の勇者よ!」
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