ビーム

「動いた……!?

 だが、盾に傾斜を付けていない。

 素人か!」


 ダノークにボウガンを構えさせたクライド三等重騎士は、相手の挙動にそう結論付けていた。

 巨兵が操るボウガンというのは、この世で最も強力な兵器であり、旧式の城壁であるならば、たやすく貫通せしめる。

 従って、これを盾で防ごうとするならば、角度の付いた構えとし、矢弾が逸れるよう工夫するのが常識であった。


「不気味なやつめ……!

 ――落ちろ!」


 叫びながら、ボウガンの引き金を引かせる。

 自分自身が目となって、巨兵の持つボウガンで狙いを付けるというのは、かなりの訓練を必要とする技術だが、問題はない。

 三等重騎士といえど、クライドは厳しい訓練に耐えた帝国の重騎士なのだ。

 放たれたボウガンの矢は、狙い過たず敵巨兵のシールドを突き破った。




--




「――ぐあうっ!?」


 機体の左腕から伝わってきた衝撃に、悲鳴を上げる。

 それと同時に、俺は一つの発見を果たしていた。


「こ、この水晶が俺の意思を汲み取っている……。

 思うように、機体が動かせるぞ」


 で、なければ、このように左腕のシールドを構えることは出来ない。

 敵の矢は、ほぼ正確にこのコックピットを狙っていたようであり……。

 もし、無防備に受けていたのなら、タダでは済まない……いや、俺は死んでいたのだと分かる。

 その、証拠に。


「あっさりシールドを貫いた!?

 こいつの、装甲、ペラペラだぞ!?」


 そう……。

 敵の矢はシールドを貫き、半ばのところで止まっていたのであった。


「でかいとはいえ、たかがボウガンだろう!?

 ビームでも喰らったってのなら、まだしも!」


 その状況に、自分でもよく分からない文句を告げる。

 宇宙戦士シリーズは、敵味方共に、重金属粒子ビームを撃ち合う作品……。

 それに登場する兵器が、たかが原始的なボウガンで装甲を貫かれるなど、あってはならないことだった。

 だが、そんなオタクの文句など、つぶやいている場合ではない。


「うっ……!?

 もう一発、撃つつもりか!?」


 どうやら、矢には余裕があったらしく……。

 敵の機体――そうだ、機体と呼ぼう――は、新たな矢をボウガンに装填していたのである。


「こんなシールドじゃ、頼りにならない!

 か、かわさなきゃ!」


 その瞬間……。

 触れっぱなしになっていた水晶玉から、また俺の脳に干渉するような感覚があった。


「――うぐっ!?」


 同時に、下方向への猛烈なG……。

 内臓が跳ね上がるような感覚をこらえつつ、モニターに映された光景を見やる。

 こ、これは……。


「飛んだ!?」




--




「ば……かな……」


 ボウガンを謎の巨兵に向けつつ……。

 クライドは、ぼう然とつぶやいていた。

 だが、それも無理はないことだろう。


「飛んだ……巨兵が飛んだ、だと……?」


 そう……。

 未知の巨兵は背中の箱から、何か炎のようなものを発し……空中高くへ飛翔したのだ。

 明らかに、鳥類や昆虫のものとは異なる原理による飛行……。

 だが、その飛翔能力は、見た通り明らかである。


「ば、化け物め!」


 ダノークの上半身を逸らしながら、ボウガンの狙いを定めた。

 とにかく、盾は貫くことができたのだ。

 なら、本体に直撃させれば――仕留められる。


 そう思っての行動だったが、それより早く、敵は右手に保持した奇妙な筒をこちらに向けており……。

 筒の先端から放たれた閃光が、クライド三等重騎士の最後に目にした光景となった。




--




「び……ビームも出るのか……」


 水晶に意思を伝え……。

 空中で姿勢制御を行いながら、右手のライフルを撃たせた俺は、コックピットでそうつぶやく。

 ご丁寧なことに、ライフルを使おうとする時は、敵機へのロックオン機能まで働いている。


 そして、ビームの威力は――圧倒的だ。

 敵機の装甲など、あってないようなもの……。

 灼熱の重金属粒子が黒甲冑の胴体をぶち抜き、溶解させ、大穴を開けたのである。


「同じだ……アルタイルと……アニメと……。

 装甲がやわい以外は、同じように動ける。

 動かせるんだ……」


 その事実を理解しながら、バックパックと機体各部のアポジモーターを操作。

 すると、この機体――アルタイルは、空中で巧みに姿勢制御を行った。

 そのまま、下を見る。


 草原の中には、青と黒……いくつもの巨大甲冑がうごめいていた。

 そして、そのどれもが、こちらを見上げながら驚いているようなのである。


「どうする……。

 こっから、どうすればいい……?

 黒いのをやっちまったから、俺は青の味方なのか……?」


 ――ピキューン!


 コックピット内に電子音が鳴り響いたのは、その時だ。

 アニメの劇中にあって、これは――警告音!


「うっ……!

 ま、また狙ってきて……!?」


 俺の意思を汲んで、機体はすぐさま危険な存在に向き直る。

 どうやら、黒い甲冑が三体ばかり――これは小隊単位か何かか?――こちらに、ボウガンを向けているのであった。


「そ、そっちがやるんなら!」


 俺は、再びライフルの銃口を向ける。




--




 空中高く舞い上がり、ばかりか、対空すらしてみせた巨兵が、そのまま手にした奇妙な武器から、不可思議な光条を撃ち放つ。

 すると、その光はボウガンを向けていたダノーク小隊の一体に命中し、これを――貫通した。

 貫通痕を見れば分かる。

 あれは、ただの光ではない。

 光を形成する粒の一つ一つが、恐るべき熱量を秘めているのだ。

 そして、これに撃たれると……巨兵の装甲など、モノの役に立たないのであった。


 しかも、しかもである。

 突如として出現した謎の巨兵……。

 こやつが持つ恐るべき射撃兵器は……。


「連射が出来るというのか……」


 ヴァルキア帝国軍の重騎聖――デンガル・ヴォーケンは、即座に放たれた熱光線の第二射を見て、おののきながらつぶやいた。

 重騎聖といえば、大規模な部隊や特殊作戦の指揮を執る立場であり、必然、彼が搭乗した専用ダノークが控えるのも、戦場を俯瞰可能な後方である。

 ゆえに、あの奇妙な巨兵の脅威を、正しく認識することができた。


「すぐさま、総員に撤退命令を出せいっ!

 銅鑼もラッパも全て使い、戦場の隅々まで命令が伝わるようにするのだ!」


 だから、すぐさま部下にそう命じた。

 懸念があるとすれば、ただ一つ……。


 ――撤退せしめる間に、果たして何体の巨兵があれに喰われるか……。


 このことである。

 いや、もう一つあったか……。


「な!?

 撤退するというのか!?

 もうすぐ、勝てそうなんだぞ!」


 隣の専用ダノークに乗った上官――ファルナン重騎将が、そう言って講義してきた。

 彼こそが、もう一つの懸念事項……。

 彼を呼称するなら、ファルナン重騎将というより、こう呼んだ方が通りはいいだろう。

 ファルナン・ヴァルキア皇子、と……。


 仰々しい羽飾りの施された専用ダノークと、巨兵三百体からなる師団……。

 そして、自分という副官をあてがわれ、必勝の体制でエルメリア攻めに送り込まれたのが、この皇子である。

 唯一、正妻との間に生まれた末の子へ対する皇帝の愛というべき布陣だろう。


 この戦につつがなく勝利し、実績を得なければならない。

 彼の立場を考えれば、その焦りは理解できた。

 その上で、デンガルは力強く進言する。


「ファルナン様も、あの恐るべき光は目になされたでしょう!?

 対策もなしに戦いを続ければ、いたずらに兵を失います!

 流れ次第では、盛り返した王国と共にこちらを殲滅しかねませんぞ!」


 デンガルの言葉は、決して大げさではない。

 何しろ、上空から一方的に、あの火力――そう、火力という呼び方が相応しい――を浴びせてくるのだ。

 このまま戦うのは、悪夢としか思えない。


「う……く……」


「今はこらえられよ!

 これが戦です!

 不慮の事態は付き物なのです!」


 上げられた巨兵の面頬から顔を出していた皇子は、母譲りの美しい顔を悔しさに歪ませていたが……。


「分かった。

 撤退指揮は、デンガルに任せる」


 そう言って、引き下がったのであった。


「承知しました。

 可能な限り、無事に兵を後退させます」


 請け負ったデンガルは、その後、伝令を使っての撤退指示に専念し……。

 見事、有言実行を果たしたのである。


 大陸歴一四七八……。

 ヴァルキア帝国軍は、バンラッサ平原での会戦において、まさかの敗退を喫することとなった。

 全ては、不可思議な巨兵の登場によるものだったのである。

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