クリメイション
巨兵へ搭乗した重騎士の視界というものは、要するに頭部へ設けられたスリットから覗き見た光景であり……。
当然ながら、極めて限定的なものとなり、しばしば、同じ巨兵同士以外のものは、何も見えなくなる。
そんな状況下にあって、クライド三等重騎士が草原にいる生身の人間を見つけられたのは、彼の観察眼が優れているというよりは、その人物が、あまりに異彩を放つ格好であったからだろう。
まず、戦場にありながら、鎧を着ていない。
やたらと白さが目立つ長袖のシャツに、漆黒のズボンという格好だ。
驚くべきことに、どうやら靴を履いていないようであり、靴下で草原を踏みしめているようだった。
「偵察兵か何かか……?
いや、だとしても、あまりに軽装過ぎる。
そもそも、すでに決戦は始まっているんだぞ?」
浮かんだ疑問を、口中でつぶやく。
ともかく、クライドは三等重騎士――巨兵を操る重騎士の中では、末端の兵士に過ぎない。
すぐさま、自分の巨兵に手話を行わせ、小隊長との意思疎通を図る。
戦場において、巨兵の搭乗者同士が意思を疎通させるには、よほど声が大きい者でない限り、このような方法を取るしかなかった。
――追撃せよ。
――捕虜とする必要なし。
簡潔な指示が、手話を通じて小隊長から下される。
「我が国は、情け容赦のないことだ」
そのようなことをつぶやきながら、魔水晶に念を送る。
ニクスライト鉱石で形作られた心臓部は、クライドの意思を汲み取り、ヴァルキア帝国主力巨兵――ダノークに方向転換を行わせた。
黒鉄の巨兵が、バンラッサ平原を駆ける。
「悪く思うなよ。
お前たちエルメリア王国が、さっさと降伏しないのがいけないんだ」
巨兵と人間の走力差というのは圧倒的であり、見る見る内に、不審な人物との距離が詰まっていく。
そうしていると、不審人物はどうやら、擱座した敵巨兵――ラーバへと乗り込もうとしているようだった。
「内部の重騎士だけ仕留められた巨兵か……。
もし、操縦席の魔水晶が無事だったら、脅威となり得る」
この瞬間から、クライドの中で不審人物に対する危険度が跳ね上がる。
巨兵というものは、心臓部である魔水晶さえ無事ならば、ある程度は稼働できるもの……。
まして、不審人物が乗り込もうとしているあの巨兵は、本体そのものに、ほとんど傷を負っていないのだ。
「動かされてしまっては、かなわんからなあ!」
こうなってしまっては、先手必勝。
また、生身の相手ではなく、巨兵の搭乗者へと駒変えされつつあることで、罪悪感が消え去ったというのもある。
クライドは、遠慮なくダノークに剣を振り上げさせた。
仮に、敵巨兵の魔水晶が無事で稼働可能だったとしても、立ち上がる前に頭部ごとあの不審人物を潰す。
そう考えての行動だったが……。
敵巨兵に巻き起こったのは、あまりに予想外の現象であったのだ。
「――光っ!?」
そう……。
敵巨兵の全身が、内側からまばゆい光を放ったのである。
「これは、クリメイションの光か!?
馬鹿な! 魔法陣も何もない、戦場のど真ん中だぞ!?」
それは、創造の光……。
魔水晶を心臓とし、魔術師たちが巨兵を生み出す際に放たれる光であった。
だが、通常それは、専用工廠で行われる儀式魔術であり……。
このような何もない場所で、その上、すでに巨兵として形を持っている相手から放たれるなど、あってはならないことである。
しかも、圧力すら感じられるこの光量は、見学した工廠で目にした光より明らかに力強いのだ。
「な、何が起きている!?」
両腕を目の前で交差させ、頭部スリットから入ってくる光へ目を焼かれないようにしながら叫ぶ。
そうしていると、徐々に光は収まっていき……。
そいつが、戦場に現出したのだ。
「巨兵……?
い、いや……なんだこいつは!?」
エルメリア王国の正式巨兵……ラーバが擱座していた場所に立っていたのは、まったく未知の巨兵である。
全身を装甲に覆われているのは、通常の巨兵と同じ。
しかし、通常の巨兵が、人間の甲冑を思わせる装甲であるのに対し、こいつの装甲は……あまりに意匠が異なった。
鎧というよりは、細かな板をいくつも貼り付け、装甲として機能させているようなのだ。
塗装は――黒と白。
胴体の上部のみが黒を基調とした色合いで、四肢などは鮮やかな白に塗られている。
どうにも目立つその塗装は、全体的な印象として、白い奴という感想を抱かせた。
右手には――これは何だ?
ボウガンのようにも見えるが、妙に銃身部が長く……しかも、肝心の矢弾をつがえる場所のない何かを保持している。
左腕には盾を装着しているが、これは、ラーバの持っていた円形盾と異なり、敵巨兵の半身を覆うことすら可能な長方形のものだ。
また、背中には何か小型の箱……? のようなものを背負っており、その箱には剣を装着しているようだった。
最大の特徴は――頭部。
いかなる勢力の巨兵であっても、頭部には除き穴となるスリットが設けられるものだ。
これは、搭乗者に視界を与えねばならぬ以上、必須の構造であるといえる。
それが、この巨兵には――ない。
代わりに存在するのは――顔だ。
人間の眼球が存在する部位には、不可思議な光を放つ鋭い宝玉のようなものが備わり……。
口や鼻が存在する部位は、まるで面頬のような部品で閉ざされていた。
極めつけは兜の部分で、巨兵の威を示す役割を持つそれは、帝国のものとも王国のものとも異なり、飾り付けがない。
だが、その簡素さが……不気味な威圧感を漂わせている。
「生まれ変わったとでも、いうのか?
エルメリア王国の巨兵が、未知の姿に……」
あまりといえば、あまりに不可解な現象に対し、それでも自分なりの分析をつぶやく。
変身……いや、新造を遂げた巨兵は、不気味に輝く眼光でこちらを見据えていた。
--
「な……んだ。
何が起こった!?」
突然、脳の中を引っかき回されるような感覚がしたと思ったら……。
次の瞬間には、目を焼かれかねないほどの閃光が、触れていた水晶玉から発せられた。
しかも、それは水晶のみではなく、周囲の壁や椅子にも伝播していったのだ。
そのような常況で、できることなどあるはずもなく、俺はただ、目を閉じてじっと耐えていただけである。
そうしている間に、何か得体の知れない力が、このコックピットみたいな空間だけではなく、鎧の巨人そのものをも満たしていくのが感じられた。
同時に伝わってきたのは、鎧を構成する様々な部品がその姿を変え、置き換わっていく感覚……。
だが、それもやがては収まり……。
俺は、恐る恐るといった具合で目を開く。
そうすると、視界に飛び込んできたのは、あまりに意外な光景だったのである。
「これ……コックピット。
それも、宇宙戦士シリーズのものじゃないか!?」
そうなのだ。
この巨人が、仮にロボットみたいな代物だとして、コックピットに当たるここは、兜のスリットから視界を得るような……あまりに原始的で、頼りない場所だった。
それが、今は完全に密閉されている。
閉ざされた前面に、でかでかと存在するのは――三枚の大型モニター。
それに映し出されているのは、外の光景だ。
しかも、視点は明らかに高く……。
丁度、この巨人が頭部にカメラを備えていたなら、こういう風に映るだろうと思えるものだった。
視界の中では、例の黒甲冑がうろたえたようにしており……。
明確な人の意思が、そこからは汲み取れる。
やはり、あれは人が操るものなのだ。
だが、俺が今気にしているのは、黒甲冑なんかのことじゃない。
「どうなっている……?
右手にライフル。左手にシールド。
しかも、こいつはアルタイルが持っているのと同じ造形じゃないか」
何しろ、つい先ほどまでプラモを組み立て、ついでにブンドドしていたのだ。
アルタイルのデザインは、頭に染み付いていた。
その記憶に照らし合わせると、このライフルとシールドはあの主役ロボットが装備しているのと同じであり……。
モニターに映る下腕部も、どうやらアルタイルのものと思えたのである。
「まるで、あの青い鎧がアルタイルに生まれ変わったみたいじゃないか……」
呆然とつぶやいていると……。
黒甲冑に動きがあった。
ひし形状の盾は油断なく構えつつ、右手の剣を腰に装着したのである。
代わりに、後ろ腰から取り出したのは――ボウガン。
黒甲冑は、やはり腰に装着されている矢を引き抜くと、これをボウガンに装填していた。
この行動が意味するものは、ただ一つ。
「こいつ、撃ってくるのか!?」
俺の防衛本能が働くのと同時に……。
モニターに映っている左腕のシールドが、構えられたのである。
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