第26話 検査入院

すぐに検査入院の日が決まり、荷物をまとめて病院に行った。


こういう時に、妻だから、という理由だけで、身の回りの世話をしている私はいったい何なのだろうか。ミチコは全く姿を見せないし、連絡さえよこさない。当然、夫とは連絡を取っているのだろうが。


窓の外には穏やかな田園風景が広がっている。時々通り過ぎる車を眺めながら、夫に言った。


検査、明日だね。


夫は私の顔を見て、言った。


ちょっと一人にしてくれないかな。ミチコと話したいんだ。ついでにアイスクリーム買ってきてくれない?下にコンビニがあるっていうから。


こんなこと言われるくらいなら、沖縄で岸壁から背中を押しておけばよかった、と一瞬考えたが、すぐに、いや、この人は病気なんだ、と自分に言い聞かせて部屋を出る。


私っていったい何なんだろう。


部屋を出て、すぐコンビニに向かう気にもなれず、いったん外に出てみた。


車いすを看護師さんに押してもらって庭に出ているたくさんの患者。夫より若い人もたくさんいる。ここは、がん専門病院だから、この人たちは何らかのがんにかかっているのだろう。


あんなに若いのに。


この人たちはいったい、どのような気持ちで毎日過ごしているのだろうか。家族はどう看護しているのか。この人たちの中で私たちのような複雑な事情の人たちってどれくらいいるんだろう。


気づいたら30分もたっていた。慌ててアイスを買って病室に戻ると夫は窓の外を眺めていた。


アイス買ってきたよ。


ああ、ありがとう。今日はさ、もう帰って休みなよ。この後ミチコが来るっていうから。


そうですか。わかりました。ではまた明日ねと言って病室を後にした。


最寄りの駅まで電車で帰り、暗闇を歩き始めた途端、私は声を上げて泣いた。


悲しみ、憎しみ、情けなさ、くやしさ。いろいろな感情が入り乱れて大きなうねりとなって襲ってくる。私はそんなにひどい妻なのか。なぜこんな扱いを受けなければならないのか。理不尽じゃないか。


家に帰り、お風呂につかるとちょっと落ち着いた。


あの人は病気なのだ。自分のことで必死で、悪気などないのだ。


そう自分に言い聞かせることで、納得しようとした。


しかし、そんなに簡単に納得できるはずもなく、気持ちが整理されないまま、ベッドに横たわっていた。




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