第27話 腹膜播種
検査、とは言っても今までの検査とは違って、今回のは手術室で行うという。手術室に入り、麻酔をして、おなかにいくつか穴をあけて、そこから中を覗いてみる、と先生からは説明を受けた。
それなら、たいしたことないな、と強がりとも本音とも取れるような発言をした後夫は、ちょっと席外してくれないかな、と私に行った。
ミチコと話すんだ、と言ってくれればいいのに。それでも私は、うん、わかったと言って、しばらくコンビニなどうろうろしてみた。
そろそろ手術の時間だ、という頃合いを見計らって病室に帰ってみると、夫は別途の端に腰かけて、窓の外を眺めていた。背中をこちらに向けているので表情は見えないけど、きっと不安なんだろうな。もし私だったら、泣き出しているに違いない。
看護師さんがやってきた。お時間ですよ。一緒に行きましょう。
一緒に行くべきか、病室にとどまるべきか、迷っていると、看護師さんが、奥さん、手術室の前まで一緒に行ってあげてください、と私に話しかけた。
私は小さくうなずくと、そのまま夫と看護師さんの後をついて行った。
私は若草色の手術着に身を包んだ夫の背中を見つめながら、頑張ってね、と心の中でつぶやいた。
看護師さんに、ではここで、と言われ、はっと上を向くと、夫の横顔がちらっと見えた。不安で表情をなくした顔。青ざめているのか土気色なのか、何とも言えない顔色で、無表情で看護師さんを見つめる夫の気持ちを考えるとやりきれなかった。
そのままいたら泣き出してしまいそう。私が泣き出したらさらに不安をあおるだろう。
私は静かにその場を立ち去った。その時、最初の先生に言われたことを思い出した。
奥さんは冷たい。
今の看護師さんもそう思っただろうな。優しい言葉をかけるでもなく、抱きしめるでもなく、無言で立ち去る妻。私の言い分など聞いてくれるわけないだろう。
病室で夫と同じ風景を見てみようと思って、同じように座ってみた。全くのどかだ。平穏に毎日同じような時間がながれているであろう世界が窓を隔てた向こう側にある。この病院で、このベッドで、いったいこれまで何人が死刑宣告を受けたのだろうか。あちら側とこちら側ではまるで世界が違う。
数時間後、夫が戻ってきた。別途に横たわって。麻酔が切れるまで少し待っていたようだった。
何か話しかけなければ、と思っていると医者が部屋に入ってきた。
旦那さん、僕のことわかりますか。さっき手術した医者です。
ああ、そうですね、わかります。夫は短いけどはっきりとした口調で答えた。
よかった。奥さんも一緒に聞いてください。残念ですが、腹膜播種と言って、がん細胞がおなかの中に転移している状態です。ですから、胃は摘出できません。ここからは外科でなく、内科に移ることになります。看護師が説明します。
淡々と、ゆっくりと、はっきりした口調でそう告げると、医師は病室を出て行った。
余命、という言葉が脳裏をよぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます