第25話 宣告

病院の受付は機械的だった。あちらは慣れているのだろうが、こちらは慣れておらず、戸惑ってしまう。しかし、効率的にぐるぐるといろいろな部屋に通され、検査は進んでいく。


これだから来たくなかったんだ。


夫がぽつりと言う。しかし、もう来ているのだから、あとは流れに乗るしかない。


いくつかの診察室を2時間ほどかけて回った後、主治医だという主任の先生と面談だった。こんな大病院の主任だというのに、30代の若い先生だ。


単刀直入にお伝えします。紹介状の時点から、時間がたっているため、がん細胞が広がっています。詳しくは結果待ちですが、間違いなく胃の全摘になります。また、検査入院していただきますが、まずは腹膜播種があるかどうか、つまりがん細胞が他の臓器に飛んでしまっているかを確認します。最悪の場合、胃の全摘での完治を目指すのではなく、余命治療となります。何か質問はありますか?


やはり、恐れていたことが現実となった。私は爪が手のひらに食い込むほど手を握りしめ、何をどう質問していいかわからずにいた。


一方の夫は、質問をしつつ、自分の要望も伝えていた。


先生。僕は抗がん剤等の治療は一切したくありません。まだ子供が欲しいと思っているからです。だが、もし、腹膜播種とやらがあった場合、それでも子供を作ることは安全なのでしょうか。また、そうなったら余命はどれくらいですか?


先生は少し驚いた様子だったが、淡々と返事をした。


抗がん剤、余命については、検査結果が出てからお話ししましょう。子供の件は大丈夫です。


それを聞いた夫は安心したようだった。


わかりました。では検査を早めにしたいです。お願いします。


こんなにすんなり検査をするというのなら、なぜ、胃がんの可能性が大だ、とクリニックの先生に言われた段階で病院に検査に来なかったのか。その時だったら、いわゆる胃がん全摘で済んだかもしれないのに。


私はいったい、この状況で何ができたというのか。私がもっと強硬に病院に連れて行ったら、結果は変わっていたのだろうか?後悔で押しつぶされる気分だ。


夫の検査入院の日が決まり、いったん帰宅して準備する、ということになった。


病院には午後一で来たのに、すでに夕方になっていた。面倒だから、なんか食べて帰ろう、という夫に、私は小さくうなずいた。


食べられないかもしれないのに。


夫の希望で蕎麦屋に入った。そばを待っているとき、夫が、ぽつりと言った。


僕はミチコや君がいるから、病気になってもだれか面倒を見てくれる人がいるけれど、君のことは、誰が看取ってくれるんだろう。


私、まだ40代になったばかりなのに、そんなこと考えもしなかった。


夫がいなくなったら、私のことはだれが看取ってくれるんだろう。


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