第24話 写真を撮って

食事をした帰り道、いつもだったら酔っぱらっていい気分で、二人とも自分が好きなことを話してふらふらと歩いていくのがいつものパターンだった。相手の話なんて聞いてない。ただただ、自分がその時に言いたいことを言う。そんな自分たちにあきれて時々大声で笑ったりしたものだった。


それが、いつの間にこんな風になってしまったんだろう。夫はおなかすいてるだろうな。でもどうすることもできない。あんなに食べるのが好きだったのに。


夫が突然、ミチコの話をし始めた。


僕とミチコはさ、子供が欲しいってずっと話してるんだけど、こればっかりはなかなかね。そんな兆し、全然ないんだよ。僕には一体どれくらいの時間が残されてるんだろう。時々こんなことも、あんなことも、まだまだやりたいことたくさんあるのに、と思ったり、やりたいことは全部やったと思ったり。どっちなんだろう。


こんなとりとめのない、ミチコの話から、自分の話へと、最後は独り言のように話し続けている夫と一緒に歩いている私は、急に夫が知らない人のように思えた。


これはね。言うまいとずっと思っていたけれど、思い切って言うけどね。そろそろ病院行こうよ。医療だって発達してるし、状況がわかればどうすればいいかも決められるよ。そうすれば、ミチコさんとだってもっと過ごせる時間ができるかもしれないじゃない。


自分の言葉を聞きながら、私はふっと考えた。私、ミチコのこと、認知したってこと?それともミチコの名を使って、夫を無理やりにでも医者に引きずっていこうと考えたのか。自分でもわからなくなった。


そうだな。もう潮時だな。食べられないんじゃ自分ではどうしようもないもんな。


ミチコの名を出したのが効いたのか、食べられないという状況がもうすでに何日も続いているからなのか、すんなりと病院に行くということを決心してくれた。


わかった。じゃあ明日、すぐに病院に電話して、予約取るね。それから考えよう。


その日、帰ってから電話番号と受付時間を確認し、次の日の朝、受付時間開始と同時に電話をしたら、その日の午後に予約が取れた。電話ですでに状況は説明して、あとは行くだけという状態だった。


その日の朝、夫は時間をかけてシャワーを浴び、珍しくピンク色のシャツを着て、これまでにないくらいの笑顔で、私におはよう、と挨拶をした。


ねえ、写真撮ってくれない?


写真嫌いの夫が家の中で、庭で、次々とポーズをとるところを私は追いかけて写真を撮った。


これが最後になりませんように。


そう思わずにはいられなかった。そして、なぜか、自ら夫に言った。


よく撮れた写真、ミチコさんにも送っておくね。

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