第23話 食事

私の会社が繁忙期だったこともあり、お正月以降、夫とはあまり一緒に過ごしていなかった。これは毎年のことだったが、今年は、私のための時間がない、とはっきり言われたため、むしろさばさばとした気持ちで仕事に取り組んでいた。


やっと仕事が落ち着いたころ、夫と久しぶりに食事をすることになった。それも私から誘うことにしたのだ。


久しぶりだから、外に食べに行かない?駅前に新しい和食屋さんができたんだって。評判らしいよ。


ふーん。まぁ、和食ならいいか。予約しておいてね。


ということで、金曜日の夜、早々と仕事を切り上げ、お店で待ち合わせをすることにした。


夫はいつも、私に何も聞かず、適当に頼んでくれる。私が超が付く面倒くさがりで、かつ、好き嫌いなくなんでも食べるからだ。


夫はいつもの通り、適当なお酒と適当なおつまみを頼んだところで、ぽつりと言った。


和食か。ミチコとはいつも洋食だからな。なんだか変な感じだよ。


カウンターで二人並んで座る席で本当に良かった。テーブルで夫の前に座っていたら、怒りに満ちた表情を見られるところだった。


一通り、おつまみが並んだ。いつも同じようなセレクション。酢の物、お刺身、から揚げ。夫の好きなものばかりだ。


頂きます、と小さく言って私は食べ始めた。何か口に入っていれば毒々しいことを言わずに済むと思ったからだ。


だんなさん、お食事、お口に合わなかったですかね。なんかさっきからお箸進んでないみたいだからちょっと心配で。


急におかみさんがカウンター越しに訪ねてきた。


え、お箸進んでない?いつもだったら私よりも早いペースでガンガンと食べるはずなのに。


夫の取り皿を見ると、少しだけかじったお刺身が置いてあった。大好きなから揚げは手も付けていない。


いや、気にしないでください。実は昼が遅かったんで、あんまりおなかすいてないのにたくさん頼んじゃって。こいつが食べますから大丈夫です。


と、私を指して言った。私はおかみさんに、愛想笑いを返すと、隣に座っている夫に聞いた。


ねえ、大丈夫?


さすがに、どこか具合が悪いの、とは聞けなかった。悪いに決まっている。医者に行ってないんだから。


大丈夫だよ。最近はいつもこんな感じ。ああ、一緒に食事するの久しぶりだもんな。気づかないよな。


そうか。胃の入り口にあったがん細胞がどんどん広がっているんだとしたら、食べにくくもなるだろう。想像力を働かせず、外食に誘ったことを後悔しつつ、私はやっとにことで夫に言った。


ごめん。これ食べたら帰ろう。

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