第12話 愛人の役割

何度か呼び出し音が鳴った後、留守電につながった。


ミチコさん、お話したいことがあるので、お電話いただけますか?


我ながら声が震えているのがわかる。電話を切ってから、指先までかすかにふるえていることがわかった。


さっき先生から聞いた言葉。妻の役割。もっと真剣に。余命、未亡人。さっき投げつけられた言葉が残骸になって降ってくる。


私、そんなに冷たいんだろうか。これは夫の静かな自殺行為なのではないか。


そんなことをぼんやり考えていると、電話が鳴った。ミチコからだ。


奥さん、すいません、ちょっと出てて。どうしたんですか?


どうしたもこうしたも、今日医者に行くの、知っているはずなのに、くだらないことを聞くな!と思いながらも、ここは彼女に頼るしかない。努めて冷静に、ことの一部始終を話した。


それね。私も話してみたんですよね。でもいやなんだって。ほら、抗がん剤をしたら、子供できないでしょう。だからやりたくないし、手術をして、体を切り刻まれてどうせ死ぬなら、そんなことしないで死にたいって。何なんですかね。


...


奥さん、聞こえてますか?だから私説得しようとしても無理なんですよね。残念ですが。


私は言葉が見つからなかった。先生には叱られ、夫には医者に行かないと言われ、ミチコには説得できないと言われている。それに、この状態で、余命だなんだと言われているのに、悠長に子供の話をされている。


私っていったい何なんだろう。


ミチコとの電話はなんといって切ったか覚えていない。しかし、今日この精神状態では会社で仕事ができるわけがない。上司に急用ができたと伝え、ぼんやりと外に出た。


11月。私はこの時期が好きだ。空気が段々冷たくなり、紅葉から枯葉に変わっていく過程での、独特の香りが街に満ちている。


夫は来年の今頃はもう、この世にいないのだろうか。ミチコとの間に子供ができているのだろうか。私は、どこで何をしてるんだろう。


冷たい空気の中、公園のベンチに座り、小さな子供たちが砂場で遊んでいるのを遠くに眺めながらいろんな思いが頭の中を流れていく。


私は今日、医者にはっきりと、妻の役割を果たしていないと言われた。


だったら、ミチコはどうなのか。この状態で、子供が欲しいから治療も受けないという、余命宣告をされる寸前の夫に対してそれをたしなめることもせず、まだそんな話を続けている。


愛人の役割とは、何なんだ。


納得いく答えが見つかるはずもなく、すでに薄暗くなった公園のベンチから立てないでいた。

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