第11話 妻の役割
午後に先生に電話しなさい、と言われたので、私はきっちり3時にかけよう、と心に決めていた。別に2時でも4時でもよいのだが、なんとなく切りがいい気がしたからだ。
携帯の時計が3時を指したところで、先生に電話した。
受付の人に名前を伝えると、ああ、今日の朝の。ちょっとお待ちください、と言われ、保留にされた。今日の朝の、のあとには、冷たい奥さんですね、と言われているような気になる。異様に明るいメロディの保留音を長々と聞かされた後、先生が出た。
もしもし、奥さん?どうですか。あの後ちゃんと旦那さんと話しましたか?いかに危険な状態か、今すぐ大学病院に行くべきか。奥さんがしっかりしてくれないと困るんですよ。
私、しっかりしてないんだろうか。冷たいだけでなく。
先生、お言葉を返すようなのですが、先ほど夫が申し上げた通り、もう本人が決めているみたいですし、私も本人の意見を尊重すべきかと...
あなたね。奥さん。ご自分の役割、わかってますか?あなた奥さんなんですよ。ここで何とかしなかったら未亡人になるんです。余命という言葉、ご存じですよね。今旦那さんにも奥さんにもピンとこないかもしれない。でもそれは着実に迫っているんです。それをコントロールするために一刻も早く検査を受けて、と私は言ってるの。わかりますか?
妻の役割。何とかなだめすかして、夫に医者に行かせることなのか。それとも泣きながら説得を繰り返し、検査を受けさせることなのか。
それに、いっぱいいっぱいで今まで気づかなかったけど、普通、がんとかそういう深刻な病気の告知って、もう少し遠慮気味にするのではないか。
少なくともテレビドラマではもう少しやわらかい告知方法のはず。それを私はなぜこんなにきついこと、厳しいことを言われているのだろうか。
先生、繰り返しになるのですが、先ほど申し上げた通りなんです。私にはどうすることも...
私からこれだけ危険を申し上げても旦那さんとお話しする気にはならないんですか。あなたみたいな奥さんは私も長く医者やってるけど初めてですよ。普通はもう少し、真剣に旦那さんのこと考えるでしょう。
私なりに考えてる。でも、夫の気持ちはもう固まっているのだ。私が何かしつこく言ったからと言って変えるような夫ではない。
そうだ、ミチコだったらどうなのか。彼女の風貌からはなんとも頼りない空気が漂っているけれど、話は意外と的を得ていたではないか。
もう一度話してみます、と言って電話を切ってから、ミチコに連絡することにした。
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