第9話 先生の言い分

次の日、眠れなかった私をよそに、ゆっくり眠った夫はシャキッとした顔で、おはよう、と私に挨拶をした。


おはよう。よく眠れた?


うん。おかげさまで。またいびきうるさかったでしょう。のどがガラガラだもん。


夫には、私が2日間続けて眠れなかったということを悟られたくなかった。とはいえ、10年も連れ添っているのだから、うすうす気づくのではないか。


そうだね、でも眠れたみたいで安心したよ。


私はそれだけ言って、食事をしている夫を見つめた。別に食欲がなくなる様子もなく、普通に食べられているようで、少しほっとした。相手がこちらを見ていないとわかると、人間は無遠慮に人を凝視できるものなのだ。


一通り食べ終わり、身支度を整えると、自宅を出発した。


夫が胃カメラをしてもらったクリニックへは歩いて10分程度の距離、ちょうど家と駅の中間くらいのところにある。


ということは、昨日、ミチコはここまで電車と徒歩で来たのだろうか。


もしミチコが近くに住んでいたら。


考えただけでもぞっとした。私は仕事で出張も多いし、家も留守にすることだって多い。外で会うならまだしも、まさか家には連れてきてないよね。


子供が欲しい、ということを思い出して気分が悪くなった。まさか、うちではそんなことしていない、と夫の良識を信じたい。


医者につくと、待合室はインフルエンザの予防接種を待つ人で混雑していたが、私たちはその合間にすっと入れてもらうことができた。


先生、昨日は夫がお世話になりました。一緒に来るようにというお話だったので...


ここまで話したところで、先生にさえぎられる。私と同世代の女性医師。


そうですか。早速本題に入りましょう。昨日旦那さんと妹さんにはお話しした通り、旦那さんはほぼ間違いなくがんです。胃がん。それも進行型だと思われる。すぐにでも大学病院に行って検査を受けてください。すぐに手術をすることになるでしょう。昨日紹介状はお渡しして電話もしておきましたから。


私が先生の勢いに圧倒されていると、横から夫が、ゆっくりとした口調で話し始めた。


先生、先生の熱意はありがたい。でも僕はもう決めたんです。5月まで予定がびっしりで、検査なんか受けてる暇がない。ここの胃カメラだって、奥さんが無理にいうから申し込んだだけなんだ。ですから、大学病院には5月に行きます。


奥さん、あなたそれでもいいんですか。そんなに待ったら間違いなく余命がどうの、という話になっちゃうんですよ。今行かないと、一刻を争うんです。何とか言ってください。


二人が私をじっと見つめる中、やっとのことで私は言った。


それは夫が決めるべきことなのではないでしょうか。



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