第8話 夫の言い分

家に帰ると、夫はいつもと変わらず、夕飯を作ってくれていた。


今日は軽いものと思って、うどんにしたよ。


そう、ありがとう。


最近麺類が多いな。本当は夫と深刻な話、これからのことを話さなきゃいけないのに、最初に浮かんできたのはこんなどうでもいい思いだ。これが現実逃避というやつなのだろうか。


食べ終わったところで、私から切り出す。


さっきね、ミチコさんから連絡があって今日のこと教えてもらったの。大病院で精密検査を至急するように、って先生に言われたって聞いたけど。それに、もう一回二人でクリニックに行くんだよね。今週時間作るから、一緒に行こうよ。


そうなんだ。じゃあ最初に言っておくね。今、11月でしょ。もう年末のバケーションから、ゴールデンウィークの予定まで休み入れちゃって、旅行も計画立てちゃって、行くことになってるから、病院だなんだっていうのはその後になるよ。これはもう決めたことだから、君がなんと言おうと変えるつもりないからね。


ほぼ間違いなく胃がんだと言われているのだ。胃がんは発見が早ければ、そして適切な処置さえすれば完治することだってあり得ると聞いたことがある。それなのにこの期に及んでなぜバケーションを優先させるのか。理解ができなかった。


でもね、先生心配してたって聞いたけど。とりあえずまずは二人で話聞いてみようよ。それから決めない?


先生と話したって一緒だよ。今日だって同じこと言われて、同じように叱られたんだ。あなた一体何考えてるんですか?今すぐ入院させたいぐらいなのよ、と。


そりゃ、そうだろう。先生だって、そんな優先順位、おそらくこれまで聞いたことがないだろう。


そうか。どちらにしても私、お話聞きたいから、今週行こう。予約なしでいいっていうから、明日は?


そんなに君が行きたいならいいよ、明日行こう。でも今日疲れたからもう寝るね。


おやすみなさい。ゆっくり休んでね。


1人、ダイニングに残った私は、すっかり冷め切った日本茶を前に、茫然としていた。冬休みは暖かい沖縄へ。ゴールデンウィークは夫の実家がある、北海道へ、確かに夫の希望でこの二つの旅行はすでに入れていた。


その合間にも、ちょくちょく休みを入れているから、おそらくミチコと旅をする計画なのだろう。


それにしても、だ。沖縄や北海道は逃げないじゃないか。でも健康は逃げていく。がんだって進行していく。それなのに旅行の優先順位が高いなんて聞いたことがない。


30分くらいたったところで、夫のいびきが聞こえてきた。寝られているならよかった、と少し安心した。一方で、彼の選択にどうしても納得がいかない私は、今夜も眠れそうになかった。

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