第7話 事の始終
今日は早めに帰ろう、と思って片付けに入ったころ、非通知の電話。ミチコに違いない。
もしもし、奥さん?今いいですか?
大丈夫ですよ。そう、今日はあとで連絡先教えてもらいたいんです。万が一の時のために聞いておこうと思って。
忘れてはいけないと思い、そこまで矢継ぎ早に話す。
あ、そうでしたね。連絡先ならあの人に聞いてくれれば一発なのに。
また言われるまで気づかなかった。そう。夫の顔をまともに見れないほど動揺していた私は、ミチコの連絡先を夫に聞けばいいということを考えもしなかった。確かにミチコは存在する。私も実際あったのだから。でも、夫に私からミチコの話を切り出したら、二人のことを認めてしまうような気がした。
いいえ、今聞いちゃったほうが早いから。
とのことでミチコの連絡先を聞き出した。
そうそう、本題ですけど。今日のお話ししておいたほうがいいかと思って。
奥さん、驚かないでくださいね。今日、先生に言われちゃった。胃の入り口にぶよぶよしたものができてて、ほぼ間違いなくがんだって。大きい病院で一刻も早く精密検査を受けなきゃダメ見たい。一応、妹ということで教えてもらったの。本人も一緒に聞いてたから、知ってるよ。
私は今立ったばかりの自分の椅子に静かに腰を下ろした。
がん。確かにミチコはそういった。今すぐ精密検査を受けろ、と。
紹介状ももう書いてもらってあの人が持ってるんです。今日、鎮痛剤がなかなか聞かなくて苦しかったみたい。ほぼ間違いなくがんだ、ということよりも、またあんな苦しい思いするほうが嫌だ、ということのほうが本人にとっては大問題みたい。どちらにしても奥さん、次はなるはやで予約ですよ。そして次からは奥さんが行ったほうがいいかも。もう一回クリニックに来てください、って言ってたので電話してみてくださいね。
ほぼ間違いなくがん。次は私も付き添いで。
ミチコの風貌を思い出した。さえない服装の若い女。あまり賢くないと高をくくっていたけれど、今日の話は理路整然と要点がまとまっており、何の感情もこもっていないことにむしろ若干の安心感があった。ここで感情的になられたりしたら、私も何を言うかわからない。
そうですか。あなたにはすっかりお世話になって。今日はありがとうございました。
やっとのことでそこまで言ってから電話を切った。
今日はますます夫の顔をまともに見ることはできなそうだ。どうしたらいいだろう。だからと言って話をしないわけにはいかない。私は静かに立ち上がり、帰路についた。
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